庭先で紫陽花

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庭先で紫陽花

「坊ちゃん、一人で外に出るなって言ってあるでしょう?」 「アパートの敷地内くらい良いじゃんか」 傘にぽつりぽつりと軽い音が響く中、鬼怒川は子供を諭すように優しく言ったつもりだが、優しい言い方では竜児には届かない。 「何も良くありません」 「んな怖い顔すんなって!ただでさえ顔怖いんだからさ!……ほら、きぬも見てみろよ。きれーに咲いてるだろ?」 しゃがんだ竜児の目の前には、紫陽花が雨粒を喜ぶように咲いている。 「紫陽花ですか……ご実家の庭にも立派なのがありましたね」 「母さんが好きな花だったから、親父が植えたらしいよ。……でも。ここのとは色が違うけど」 「そうでしたっけ?花の色までは覚えて無いですね」 「風流じゃないなぁ~」 ぷぅ、と頬を膨らませた。歳の割に幼いところのある。そんなところが愛らしいのだけれど、口にはしない。 おもむろに紫陽花の花弁を一つ、手にのせた。小さな花が集合して大きなひとつの花に成るのは、組と似ている。 「色は知りませんが、今坊ちゃんが触ってる部分が花じゃないことは知ってますよ」 「え?!花じゃない?!じゃあ、花ってどれ?」 驚いた勢いで立ち上がった拍子に、鬼怒川の傘と竜児の傘がぶつかり、溜まっていた水が一気に落ちた。 「真ん中のぶつぶつのとこです」 「ぶつぶつって……言い方わるっ……何でそんなこと知ってるの?」 「姐さんに聞きました」 「母さんに……」 少し遠い目をして、竜児は紫陽花を見つめる。 「もう1つ教えてもらったことがあります」 「何?」 「紫陽花は土が酸性だと赤くなるらしいです」 「へー、なんか賢そうな話」 「そして人間の血は酸性だとか」 「ん?それってつまり……?」 竜児は家に咲いていた紫陽花の色を思い浮かべた。今目の前に咲いている、淡い青ではない色だ。 「む、むずかしい事はわかんないや!」 「すみません、ちょっと難しすぎますね。……坊ちゃんはそれで良いんです」 「子供扱いすんなって!」 「してませんよ」 「してる!」 「してませんったら」 「じゃあ……今夜こそ抱いてくれよ」 傘の下で竜児の瞳が色付いたのに見て、鬼怒川は思わずその肩に手を伸ばし引き寄せ、唇を合わしてしまおうかと思った。 「大事な坊を、何もない日に抱くわけないでしょう」 「なんかある日ってなんだよ?!もう、いつもお前そう言うんだから!」 渾身のお誘いを蹴られ、 足早にアパートの階段を登っていく竜児の顔は、実家の紫陽花よりも赤くなっていた。 「……本当はもう1つ教えてもらったんですよね。姉さんが紫陽花を好きなのは、花言葉が理由なんだって」 錆びた金属の音を響かせ、先に家に入ってしまった竜児を確認してから呟いた懺悔のような言葉は、紫陽花にしか聞こえていなかった。
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