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大剣に導かれてやって来たそこは遊園地だった。
遊園地と言っても人の気配はない。
俺の記憶では去年、廃園になったはずだ。
だが、今、眼前に見えるそれは酷く活気的である。
空中から俯瞰的に遊園地の構造を確認してから、地上に降りる。
入り口に降り立った俺は今一度、オーラを確認する。
──どうやらこの遊園地そのものが異常な熱量を放っているようだ。
入園ゲートの向こうに見える様子はまさにカオスである。
硬貨を入れて動く四つ足のパンダが暴走し、メリーゴーラウンドは煌びやかに輝きながら回る。絶叫マシーンは激しく垂直に動き、鋼材の軋みの音が悲鳴に聞こえる。そして、それらすべてのアトラクションは無人だ。
中でも自己主張が強いのは、この遊園地の目玉でもあった大観覧車だ。
通常の数倍速い速度で回転しており、今にも壊れそうな迫力に圧倒される。
この状況下においても遊園地の主役であり、当然感じ取れるオーラも最高だ。
大観覧車が放つオーラに混じって、異質なオーラもある。
神霊兵装が放つ独特の雰囲気だ。
目指していたものは、確かにあの大観覧車に居る。
確信した俺は、阿鼻叫喚のアトラクション・パレードを抜けて、大観覧車に近づく。
傍まで来て回転する円輪を見上げると、より恐ろしく感じる速度だ。
仮にこの車輪が町中に解き放たれた場合、何百人もの人が轢殺される威力だろう。
そのエネルギーを手玉に取るように、大観覧車の頂上で跳ねる人影を見る。
──ここからでは遠い。
大地を堅く踏みしめ、神の頂きに跳び上がる。
刺激しないよう、ゆっくりと上がり、三歩目で頂上の高さにたどり着く。
そこには、高速回転するゴンドラに飛び乗って遊ぶ少女が居た。
燃えるような長い赤い髪を持ち、服装はよくある女の子の服装。
手には何も持っていない。衣服にも何かしらのアイテムは着けていないようだ。
ディレファトが見せた、五番目の超越者と同一人物だと判断する。
こちらの存在にはとうに気づいているはずなのに、こちらを向いてこない。
回るゴンドラに集中しているようだが、重厚な緊張感がある。
遊んでいて余裕がないのではない。むしろ逆だ。
俺に警戒している。
だが、少女からは行動を始めない。あくまで俺に事態を進めさせる気のようだ。
こちらも躊躇する理由はない。
素直に、口を開く。
「君がナンバー・ファイブ、永久機関を持つ超越者か?」
「そうだよ」
明快に返される答え。はっきりと聞こえる声質からは少女の強い意志を感じる。
こちらを警戒しているのもあって、会話からは情報が得られないだろう。だが、大体の性格は知ることができるはずだ。
会話の続行を試みる。
「君が戦う理由はなんだ?」
「お姉ちゃんのため」
「お姉ちゃんがどうかしたのか」
「……ラプラスの悪魔に殺されたの」
──確かに、先代の記憶では少女と似た雰囲気の、少し年上の少女が戦っていた。残念ながら、それぞれの先代超越者が明確に倒れた様子は記憶にない。戦闘の末期であやふやなのか、他者を気にかける余裕もなかったか。
……どういう経緯で二代目超越者が選定されたのかが気になる。
血縁だろうか? 初代である先代たちも同様に気になる。
だが、思考の沼で遊ぶことはできない。眼前に居るのは敵なのだ。
俺が言葉に詰まる中で、少女が口を開く。
「あなたはどうして戦っているの?」
俺が戦う理由。決まっている、それは──
「ラプラスの悪魔は、俺の妹なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「ああ」
「……」
「……」
途切れる会話。
逡巡する様子を見せた少女は、口を開く。
「じゃあ、私を止めに来たの? 私はラプラスの悪魔を殺しに行くよ?」
驚愕の答え。
だが、予想できなかったわけではない。
俺も同様、超越者たちは強烈な負の経験をもとに、強い目的意識を持っているのだと直感で悟る。
相反する、俺と少女の戦う理由。
だが、
「行く前に、真実を知りたくはないか。実験には不可解な点が多すぎる。戦うのはそのあとでも良いだろう」
「──興味ない、私はお姉ちゃんを殺したラプラスの悪魔を殺したいだけなの」
「……」
「復讐するは我にあり、でしょ?」
元の原義を知らぬわけではないだろう。
敢えてそういう解釈で挑むほど、己の矛盾に気付いているのだ。
「……君の代わりに、俺がラプラスの悪魔を倒すから──」
「『倒す』じゃだめだよ。『殺す』んだよ。命は命で償わないと」
「だが、」
「あー、もううっさいなあ。キレイ事ばっかり、うんざりする」
「妹に悪魔が憑依したと思ってる? お姉ちゃんを殺したのは悪魔の意思であって妹じゃないの? それを今証明できる? 時間はないんだよ??」
時間がない。そのワードに気を取られる。
「あの封印は、あと二日で弾け飛ぶ。それまでがタイムリミットだけど、ただの一般人だったあなたがすべての真実を調べられるの? 他の超越者との戦いの中でさあ!?」
少女の気迫が増していく。
観覧車の回転もより、早くなる。
眼下で今も暴れ狂うアトラクションは、より過激さを増していく。
遊園地の熱量は、暴発寸前だ。
それを封ずるが如く、鎮静の一手を放つ。
冷静に勤め、刺激しないよう淡々と呟く。
「封印について、なぜ断言できるんだ?」
「お姉ちゃんが最期に、封印に永久機関を付与したから」
──そういうことだったのか。
少女を始めて見たときの既視感。
妹の封印から感じる熱量と、この少女から感じる熱量の性質が同じということを今、理解した。
だからこそ、一番最初にこの少女に会いに来たのかもしれない。
どの超越者に会いに行くかは直感で決めた。
その直観の根拠らしきものがようやくわかった。
腑に落ちる俺と、さらに熱量を上げていく少女。
「──ねえ、お姉ちゃんは生き返る? ……生命の実はまだ残っているのかな?」
脳内に電流が走った。
この少女は、生命の実を欲している。
ラプラスの悪魔を殺し、自分が巫女になり、改めて実験を再開して生命の実を獲得する。
亡くなった姉を蘇生させるつもりなのだ。
死者に生命の実の効果があるかは不明だ。
しかし、それだけが、最後に残ったたった一つの願いなのだ。
少女の願いは、果てしなく重い。
「これ以上は、もう、いいよね」
少女がこちらを見る。
その瞳には、黒い炎が揺らめいていた。
「ああ」
俺はダモクレスの剣を構える。
問答は終わった。
後は戦いだ。
少女が炎の剣を生成する。
極限まで凝縮されたその熱量の光に目を奪われた直後、少女がゴンドラを蹴って俺に向かって突撃してきた。
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