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第7話 手前のけつは手前で拭け
「馬鹿な事を言うんじゃねえ」
五郎蔵は𠮟り付けた。
「じゃあどうしろと? 指を咥えて見てろってえのか!」
「何だと、この野郎!」
五郎蔵の怒号が響いた。同時に手に持っていた喧嘩煙管で半兵衛の横っ面を張り飛ばしていた。喧嘩煙管とは帯刀を禁じられた庶民が身に着ける武器兼用の煙管である。こん棒で殴られたようなものだ。
五郎蔵は仮にも香具師の元締めとして数十人の上に立つ漢である。面子は何よりも重かった。
「元締め! 待っておくんなせえ。半公も気が立っていやがるんで。おい、謝れ!」
大吉と云う若頭が半兵衛の頭を抑え付けるようにして飛び込んだ。
「……堪忍してくれ。親分に恨みはねえ」
みるみる半兵衛の頬は腫れあがり、煙管が当たった痕からは血が滲み出す。
カンと煙草盆に煙管を叩き付けた五郎蔵は、茶を一口啜った。
「おめえの気持ちも分かるが、出入りには出来ねえ」
一味の塒に見張りを立て、おきせが逃げ出して来たら連れて逃げる。それしか出来ることは無いと言う。
ぐっと膨れ上がった半兵衛の怒気を察して、大吉はその肩を抑え付けた。
「とにかくおめえは長屋に帰えれ。元締め、御免被りやす」
無理やり半兵衛を立たせると、大吉は家の外へ半兵衛を引っ張って行った。
外の空気に触れて漸く半兵衛は体の力を抜いた。
「兄い、すまん」
「いや、無理もねえ。おめえがおきせを可愛がってたのはよく知ってる」
大吉とて歯痒いのだ。人攫いに縄張りを荒らされ、地元の幼女を拐されている。
「連中の塒ってのはどこなんで?」
「千住大橋の先、無住になった荒れ寺に潜り込んでると聞いたが……」
「俺を連れてってくれ!」
大吉の胸元を掴んで、半兵衛は頼み込んだ。
必死の様子の半兵衛を見て、大吉は断る事が出来なかった。場所を知っている若い衆を半兵衛に付けて送り出した。
「大人しくしてくれりゃあいいが……。手前のけつは手前で拭けよ」
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