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第8話 蛙のおっちゃん
「蛙の先生、もう切り上げやしょう」
半時見張ったら戻るよう大吉から厳命されていた若い衆は、必死に半兵衛の袂を引いた。
「……分かった。引き上げよう」
これ以上無理を言う訳にも行かず、半兵衛は素直に従った。何かあったら大吉の顔を潰すことになる。
本堂の上には、月を遮って黒々と雲が浮かんでいた。
長屋に戻った半兵衛は、五郎蔵親分に捜索を頼んで来たから大丈夫だとお福夫婦を安心させ、自分の家に戻った。
行燈を灯すと、畳の上に胡坐をかいて一升徳利から湯呑茶碗に酒を注いだ。
「今夜は夜中から雨になる。すべてはそれからだ」
ぐいぐいと湯呑の酒を飲み干す。
「降れ。降って来い。どっと降れ」
ぐびりと酒を飲み下す度に、ずきんと頬の傷が疼く。おきせがこんな痛い目に合っていないかと、半兵衛の心が痛む。
一升徳利が空になった頃、辺りに雨音が響き始めた。
「おい、おるい!」
突然寝静まったはずの隣から参次の声が聞こえて来た。ばたばたと障子を開けて走り出す足音がする。
入り口を開けて半兵衛の家に飛び込んで来たのは、泣き疲れて寝入った筈のるいであった。
「あ、あ、あ!」
裸足のまま走り込んで来ると、半兵衛の膝に縋り付いた。
「戻るんだ、おるい!」
戸口から参次が呼ぶが、るいは見向きもしなかった。涙を流し、顔を歪めながら必死に何事かを半兵衛に伝えようとする。
「あ、あうぅー……」
半兵衛はそっとその背を撫ぜた。
「どうした、おるい? 悪い夢でも見たか?」
「あ、あうー」
「何も怖いことは無いぞ。蛙のおっちゃんがおるからな。悪い虫はみんな食らってやる」
「あ、あー」
「げろげろ。ほら、げろげろってな」
半兵衛は団栗眼をぐるぐると回して見せた。
「あ、あああーっ! あうけて、たうけて! おんちゃんをたうけて!」
半兵衛はじっとおるいを見詰めた後、にこりと笑って見せた。
「おきせのことか。心配ない。心配ない。雨が降っておろう? 雨降りは蛙の好物じゃ。蛙のおっちゃんがおきせを連れて帰るぞ」
「るい? お前、口を利いて……」
参次が土間に膝を突いた。後ろから、お福がそっと肩に手を置いた。
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