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序 雨
長屋の屋根を殴り付けるように雨が降る。胡座をかいた半兵衛は俯いていた顔を上げ、畳の上から天井を見上げる。
「降って来い。もっと――」
「ありったけをぶち撒けろ――」
「屋根も天井も突き破れ!」
半兵衛の声に応えるように雨が強さを増した。
「――よし!」
跳ね上がる勢いで立ち上がると半兵衛は着物の帯を解き始めた。着流しの単衣を脱ぎ捨てると上半身に油を塗り込め、褌一つに小刀を差す。
小刀は備前の数打ち物。造りは武骨で肉厚の刃。柄には分不相応だが鮫革が巻いてある。
鮫革は表面が荒れており水に濡れても滑らない。むしろ手に吸い付いてくる。
上框で菅笠を被り草鞋履き、心張棒を右手に持ったままがらりと戸を開けて雨の中に踏み出した。
稲光が辺りを真っ白に照らしたかと思うと、ばあんと雷鳴が大気を震わせた。一瞬地面に映し出された半兵衛の影は、短躯の蟹股。蛙のように不格好であった。
「おきせ……。待っとれよ!」
半兵衛は篠突く雨の中、泥水を跳ね上げて走り出した――。
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