視える僕を怪異が囲う

2/8
前へ
/8ページ
次へ
 ある日の休み時間、教室で次の授業の準備をしていると、ある話が耳に入ってきた。  それは、この学校の生物室に幽霊が出るという噂だった。どこの学校もでよくあるタイプの噂だ。そう思いながらも、耳はその話を拾う。どうやらこの噂は、僕達一年生の間で広まっている噂のようだった。  その噂に僕は思う。生物室どころでなくたくさんいるけれども?  そう、この学校も例に漏れず、様々な怪異や有象無象が存在する。けれども、それに気づくのは主に僕のようなある意味特殊な人だけだ。  それなのに、生物室にいるという幽霊とやらは他の生徒も気づいた。きっと余程のものなのだろう。  ある日、先生から言われた用事が終わって生物室の前を通ると、中から声が聞こえてきた。  誰か中にいるのだろうか。そう思ってそっと扉を開けて中に入ると、背の低い子供が泣いていた。  こんな子供がなんでこんなところに?  そう思いながらもあえて子供とは目を合わせないようにして生物室の窓から外を見る。窓からは明るい陽が差し込んでいる。その日差しの中に視線をさまよわせながら子供の泣き声を聞く。 「兄さんを助けて…… お願い、兄さんを助けて……」  この子のお兄さんがどう言う状況ののかはわからないけれども、この学校に助けを求めに来るのは筋違いだ。この学校の生徒だったとしても、助けを求めるべき相手は僕ではないだろう。  子供が泣きながら呟く。 「賢者の石があれば……」  賢者の石というのはなんだろう。聞き慣れない言葉に疑問を感じたけれども、ここで子供の方を見るのは良くない気がした。正確には、子供がいることに気づいていると勘づかれてはいけない。  生物室の中をぐるりと見渡す。すると、中に強い思念が漂っていることに気がついた。  しまった。声に気を取られて踏み込むべきじゃなかった。この子供は、この思念が固まってできたものだ。  やらかしてしまったと思いながら、僕は子供の横を通り過ぎて生物準備室に入る。そこにあるロッカーからほうきとちりとりを取り出してきて、生物室の中を軽く掃除する。ここにはあくまでも掃除しに来ただけで、子供には気づいていないというアピールのためだ。  生物室の中を一通り掃き掃除し終わったら、生物準備室にほうきとちりとりをしまって生物室を出る。  生物室の扉を閉める時に、少しだけ子供の顔が目に入った。  子供は扉を閉める僕のことを、泣きながらじっと見つめていた。  夏休みに入ってしばらくした頃、今日も学校へ行って地学室へと向かう。今度学校でやる天体観測のうち合わせのためだ。  地学室の扉を開けると、甘い香りが漂ってきた。 「よう、大島」 「こんにちは。葛西先輩はなにをやっているんですか?」  地学室の中に入るなり、葛西先輩が声を掛けてくる。手にはおたまとスプーンを持っていて、アルコールランプにおたまをくべながらその中をスプーンで混ぜている。おたまの中では茶色いなにかが膨らんでいる。おそらくあれが甘い香りをさせているのだろう。 「みんなが来るまでカルメ焼きでも焼いてようかと思って焼いてた」  葛西先輩はそう言うけれども、学校で思いつきで製菓をはじめる、そういうところがなんというかこう、人間がへたくそだ。  いそいそとカルメ焼きを作っていく葛西先輩の正面に僕が座ると、扉が開いて声が聞こえてきた。 「おはよう。なんかいい匂いがするね」  そう言って入って来たのは新橋先輩だ。新橋先輩が僕の隣の席に座ると、葛西先輩は自慢げに答える。 「カルメ焼き焼いてるんですよ。 新橋先輩も食べるでしょう?」 「うん。ありがたくいただこうかな」 「全員分作りますからね」  そうしている間にもまた扉が開いて蔵前先輩がやって来た。 「おー、いい匂い。なんだなんだ」 「葛西先輩がカルメ焼きを焼いています」 「やったー!」  全員が席に着いたところで、葛西先輩が持参したとおぼしきクッキングペーパーの上にカルメ焼きを並べていく。みんなでいただきますをしてカルメ焼きを囓ると、まだほんのり温かくて、喉を焼くように甘い。でも安心する味だ。  カルメ焼きを食べながら、先輩達に訊ねる。 「そういえば、先輩達は生物室に幽霊がいるという噂を知っていますか?」  すると、先輩達三人は顔を見合わせて、きょとんとした顔をする。 「去年までは生物室に魔術師がいるって話はあったけど」  蔵前先輩の答えに、僕は不思議に思う。魔術師がいたという噂もよくわからないけれども、幽霊がいるという噂とは少し噛み合わない。それとも、その魔術師とあの子供はなにか関係があるのだろうか。  僕が少し考え込んでいると、新橋先輩が思い出したようにこんな話を出す。 「そういえば、今度の天体観測に卒業した先輩達も呼ぶけど、大島君は大丈夫かな?」 「大丈夫というのは?」  その先輩達はなにか問題のある人達なのだろうか。そう思っていると、新橋先輩は少しぎこちない表情でこう返す。 「初めて会う人だから、緊張しないかなって」 「ああ、そういうことですか。特に問題はないですよ。 誰でもはじめて会う時は初対面です」  気のせいか。新橋先輩は生物室の話から話題を逸らそうとした気がするし、葛西先輩も蔵前先輩もあえてその流れに乗ろうとしている気がする。  生物室には一体なにがあったというのだろう。  そして天体観察当日。今日は学校に泊まることになっている。  日中はみんなで夏休みの宿題をして、夕方になったら僕と新橋先輩で夕食の買い出しに出かけた。  家庭科室を借りて夕飯を作ってみんなで食べる。本当は葛西先輩が夕飯を作りたかったらしいのだけれども、僕と新橋先輩が夕飯を作っている間にみっちりと蔵前先輩に宿題をやらされたらしく、葛西先輩はしわしわになっていた。  日が暮れはじめた頃、地学室に卒業した先輩という人がふたり来た。ひとりはにこにこしていて感じのいい人だけれども、もうひとりの背が低い先輩を見て僕は目が離せなくなる。  その先輩は、生物室で泣いていた子供と瓜二つだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加