視える僕を怪異が囲う

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 これは夏休み前のこと。  学期末に体育で水泳のテストをした。僕は別段水泳が得意というわけではないけれども、テストはなんとかやらなくてはいけないので、ビート板を使うことで事なきを得た。  クラスの中には水泳が得意で五十メートルを五十秒台で泳ぎ切る猛者もいたけれども、僕はたっぷり一分以上使って泳ぎ切った。  随分とゆっくりな気がするけれども、中にはビート板と浮き輪装備でも全く進むことができず、数メートルで先生に諦められている生徒もいたので、泳ぎ切っただけでも褒めて欲しいところだ。  しかし、水泳のテストは疲れる。水圧のかかる水の中にいると、じっとしていても疲れるのに泳いで進むのだ。ぐったりしないはずがない。  午前中の水泳の疲れが抜けないまま、放課後になって地学室に向かう。 「こんにちは」   そう言って扉を開けて中に入ると、部誌の原稿をまとめている新橋先輩と印刷所のパンフレットを見ている葛西先輩、それに芦雪犬のようにぐったりしている蔵前先輩がいた。 「蔵前先輩がそんなに疲れてるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」  僕が新橋先輩の隣に座りながらそう訊ねると、蔵前先輩は濡れた髪を弄りながら返す。 「水泳のテストがあってめちゃくちゃ疲れてさぁ」 「そうなんですね、わかります」  わかるとは言ったものの、蔵前先輩はかなり体力がある方だ。水泳でこんなに疲れるというのは意外だった。 「蔵前先輩は泳げるんですか?」  素朴な疑問を僕が投げかけると、蔵前先輩は渋い顔をして答える。 「実は泳げないんだよ。だからこんなに疲れてる」 「そうなんですね」 「浮き輪とビート板使ってなんとかしてるけど、ほんとどうしても水に浮けなくてさ」  水に浮けないという事実が納得できないのか、それとも水に浮ける人類がわからないのか、蔵前先輩は渋い顔をする。  そんな蔵前先輩に、新橋先輩が宥めるように言う。 「蔵前君は見た感じ、体脂肪率がかなり低いから仕方ないよ。 浮くための浮き輪が体に付いてないんだから」 「そうは言ってもさー」  不服そうな蔵前先輩に、葛西先輩がにっと笑ってこう言う。 「それじゃあ、浮き輪を付けるのにお菓子食べます? 今日はないですけど、またなにか作ってきますよ」 「サーターアンダギー食べたい」 「了解です」  蔵前先輩の体格的に水に浮くのが難しいというのはわかる。でも、僕にはそれ以外にも蔵前先輩が水に浮けない理由がわかってしまうのだ。  蔵前先輩の後ろを、少し目を細めて見る。  あれだけたくさんの石を背負っていて、水に浮けるはずがない。
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