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まだ暑い時期のこと、部活のみんなで鉱物の採取をするフィールドワークに行くことになった。
これは珍しく地学部の活動だ。普段学校でできる主な活動は文芸部と天文部のものばかりだから、なかなかに新鮮な気がした。
ただ、よくよく考えれば部活三つ分の活動をあちこちとやっている状況自体がよくわからない気はしたけれども、楽しい活動が多い分にはその方がいいだろう。
フィールドワークをするために、山登りをしなくてはいけない。僕は山登りがはじめてなので、最低限必要な荷物の指示を蔵前先輩に出してもらって荷造りをした。
もちろん、荷物に詰める物のメモは紙に書いても読めないので、蔵前先輩が予備で置いておいてくれた五分テープに吹き込んでもらった。
家で音声メモを何度も再生しながら荷物の確認をして当日を迎える。僕が用意したのは、食糧ともしもの時の為の防寒具と、蔵前先輩から借りたコンパスくらいだ。
本当は採取に使う機具なんかも必要なのだけれども、それまで積んでしまうと荷物がとても重くなるので、僕の分の機具はフィールドワークに慣れている蔵前先輩が現地まで運んでくれることになっている。
当日、待ち合わせの駅に集まって、電車に向かって現地に向かう。都会から離れていて清々しい場所だけれども、慣れない山道を歩くのは大変だ。
それに、この山でも遭難者が何人も出ているのだろう。時折ぼろぼろになった何者かが山道の脇から声を掛けてくる。
“連れて行ってくれ……
どうしたら帰れる……”
僕は当然それを無視する。かまっても僕が得することはないし、つきまとわれても面倒だ。
それ以外にも有象無象はいるけれどもいちいち気にしてはいられない。なんせ山道を登るので精一杯なのだ。
びっくりするほどの大荷物を背負った葛西先輩の後ろを付いて歩いて前の方を見ると、慣れたようすの蔵前先輩が少し先の方で軽々と歩いている。そして、意外なことにも蔵前先輩と同じくらいの荷物を背負った新橋先輩も、蔵前先輩のペースについて悠々と歩いている。
「新橋先輩、体力ないって言ってませんでしたっけ……?」
息を切らしながら僕がそう呟くと、葛西先輩が息をつきながら返す。
「新橋先輩は体力がないって言葉の意味がわかってないっぽいんだよな」
「そんな感じはします」
それから、しばらく無言で歩いていると、新橋先輩が僕達の方を振り向いて、蔵前先輩に声を掛けて立ち止まった。どうやら随分と引き離してしまったことに気づいたようだ。
先輩達に追いつくために歩いている途中、葛西先輩に気になったことを訊ねる。
「そういえば、葛西先輩の荷物は随分と大きいですが、なにがそんなに入ってるんですか?」
僕の問いに、葛西先輩はバックパックをぽんと叩いて答える。
「お弁当とおやつだよ。
絶対お腹空くと思って多めに持ってきた」
「なるほど」
食糧なら帰りには減るだろうけれども、それにしてもすごい量だ。たぶん、おやつに関してはいつも通り全員分持ってきたのだろう。葛西先輩は、一体なにをしにフィールドワークに……?
そうこうしているうちに新橋先輩と蔵前先輩に追いつき、そこからはみんなでペースを合わせて採取場まで行く。
採取場に付くなり、蔵前先輩がグランドシートを敷いたので、その上に荷物を置いた葛西先輩が座り込んでぐったりしている。
「ごめん先輩、採取どころじゃないわ……」
それはそう。
あれだけ大きな荷物を持ってきているのだから、疲れないわけがないだろう。
ぐったりした葛西先輩を見て、蔵前先輩が困ったように笑う。
「しょうがないな。
まあ、誰かが荷物を見ててくれた方が安心できるから、葛西は荷物を頼む」
「あいあいさー」
みんなでグランドシートの上にバックパックを置き、葛西先輩に荷物を任せて石の採取をはじめる。
それにしても、この採取場は賑やかだ。
人が多いというわけではない。周りに僕達以外には誰もいない。けれども、石は山ほどある。
“あの子達が来たぞ!”
“拾って拾って!”
“連れて帰って!”
僕はここに来るのがはじめてなので、あの子達というのは蔵前先輩と新橋先輩だろう。ここまで石に歓迎されるなんて、相当なものだ。
蔵前先輩がしゃがみ込んで石を見はじめると、そのあたりの石から歓声が上がる。
「お、これいいな」
蔵前先輩がそう呟いて白い石を拾うと、その石が歓声を上げる。
“キャー! うれしい! ファンサが手厚い!”
別にファンサービスではない。
蔵前先輩が石を拾って籠に入れる度に、周りの石達が沸き立つ。ここまで石に好かれていれば、あれだけの量の石を背負ってしまうのも仕方がないだろう。
一方の新橋先輩は、拾った石をじっくりと見て選別しながら籠に入れている。
“おお……磨いてくれぇ……”
“変身させてくれるのですよね”
どうやら新橋先輩に拾われた石は加工待ちのようだ。新橋先輩のお父さんが経営しているお店には、石の研磨機があるそうなので、きっといい石があったら研磨して手元に置いておくのだろう。
とはいえ、新橋先輩曰く、磨かずに蓄えている石も多いそうだけれども。
先輩達が石を拾うので、僕もじっと地面を見て、きれいに見えた石を拾う。
すると、僕が拾った石はスンッとしてしまった。わかる。
一通り採取が終わってみんなでお昼ごはんを食べる。お弁当は各々持ってきているけれども小さなもので、どうにも満腹にはほど遠い。
そう思っていると、葛西先輩が保存容器を取り出して蓋を開ける。
「あれだけ動いた後だと、ごはん足りないでしょう。
みんなで食べるのに唐揚げとかハッシュポテトとか作ってきたんで、よかったら食べてくださいよ」
まさか追加のおかずまで持ってきているとは。それは荷物が多くなるわけだ。
「うわー、ありがてぇ。じゃあいただくわ」
そう言って蔵前先輩が唐揚げとハッシュポテトをほおばる。
「ありがたく」
僕も唐揚げを口に運ぶ。疲れた身体に丁度良い強めの味で、でも肉は軟らかくておいしい。どうやって揚げればこうなるのだろう。
ふと、葛西先輩が新橋先輩を見て訊ねる。
「あれ? 新橋先輩はお弁当だけで足りました?」
そう、新橋先輩は葛西先輩のおかずに手を着けていないのだ。不思議に思って新橋先輩の方を見ると、新橋先輩はにこにこと笑ってこういう。
「僕はあまりごはんが食べられないから。
それに、この後おやつがあるんでしょ?」
「おっ、新橋先輩、おやつ狙いですか」
にやっと笑った葛西先輩が、バックパックの中からバスケットを出して開ける。その中にはドーナッツやごま団子、それにジャムサンドが入っていた。
「それじゃあ先に食べててくださいよ」
「うん。いただきます」
葛西先輩と新橋先輩がそう言葉を交わすと、周りが急にわっと盛り上がった。
これは人ではないものの声だ。そう思ってハッシュポテトから目を離さずにいると、葛西先輩の周りに人型をしていない何かが集まってきて各々ドーナッツやごま団子、ジャムサンドに唐揚げやハッシュポテトを手に取って食べている。
そして、それらを食べながら何かは葛西先輩に話し掛ける。
“おまえ”
“おまえの兄さんから話は聞いているぞ”
“兄さんは翡翠を見つけられたか?”
何の話だ? 思わず疑問に思う。葛西先輩にお姉さんがいるという話は聞いているけれども、お兄さんがいるという話は聞いたことがないのだ。
何かもわいわいと楽しそうに葛西先輩のおかずやお菓子を食べているけれども、当然先輩達はその何かには気づいていない。
お腹いっぱいごはんとおやつを食べた後、帰り支度をする。葛西先輩の荷物はだいぶ縮んだ。
「よし、帰り道も気を抜くなよ」
バックパックを背負った蔵前先輩がそう言うと、周囲の石達が不満の声を上げる。
“もう帰っちゃうの?”
“もっといてもいいんだぞ”
“ぼくも連れて帰って!”
どうやら石達は蔵前先輩と一緒に行きたいようだけれども、蔵前先輩のバックパックを見ると肩紐の部分にだいぶ重量がかかっている。これ以上拾って帰るのはつらいだろう。
石達の声は僕以外には聞こえないことだし、蔵前先輩の先導で素直に帰ることにしよう。
帰り道、よくないものに引っ張られて遭難しないよう気をつけながら。
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