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今日も部活の時間に葛西先輩がおやつを出す。
「それじゃあ、今日もみんな揃ったんでおやつ食べましょうよ」
そう言って葛西先輩が広げたのは、お得意の薔薇のパイだ。いわゆる洋菓子のパイ生地ではなく、中華風の軽くて白いパイ生地で薔薇の餡を包んだ薔薇のパイは、僕や蔵前先輩はもちろん、小食な新橋先輩もお気に入りだ。
「それにしても」
僕はそれとなく葛西先輩の周囲を見回しながら言う。
「ん? なんかあった?」
不思議そうな顔をする葛西先輩に、僕はこう続ける。
「葛西先輩はよくお菓子を作ってきますが、持ってくるために作っているんですか?
それとも、作ったから持ってきているんですか?」
素朴な質問に、葛西先輩は少し考えてからこう返す。
「うーん、持ってきたいからってのは多少はあるけど、どっちかって言うと作りたいから作って、家で食べきれないから持って来てる感じだな」
「なるほど」
「姉ちゃんにも持たせて、大学のみんなで食べて貰ってるんだけどなー」
なぜそんなに大量に作るのだろうか。
いや、大量に作る理由はわかる。その方が作りやすいし、おいしく仕上がるのだ。
そう思いながら葛西先輩の周囲と背後を見る。そこには人型をしていないけれども悪意もない、何者かが寄り集まっている。
葛西先輩の後ろには、いつもこの何者かたちが入れ替わり立ち替わりつきまとっている。なにか害のあるものではないから放って置いているけれども、なんで葛西先輩はこういったものに好かれるのだろう。それが不思議だ。
「とりあえず、いただきます!」
葛西先輩が両手を合わせると、続いて蔵前先輩と新橋先輩もいただきますをする。僕もそれに続いて薔薇のパイに手を伸ばした。
すると、それに合わせて葛西先輩に付いて回っている何者かたちも薔薇のパイに手を伸ばして食べ始める。
“うまい、うまい”
“いいぞ、その調子だ”
なにがその調子なのかはわからないけれど、おそらく、この調子でお菓子を作ってくれということだろう。
葛西先輩に付いて回っている何者かたちは、こうやってお菓子を食べるといつも上機嫌になる。お供えのようなものなのだろうか。
ふと、新橋先輩が薔薇のパイを囓って周囲を見渡す。
「どうしました?」
僕がそう訊ねると、新橋先輩は不思議そうな顔をしてこう答える。
「なんか、お菓子を取ってる人の手が多い気がして。
気のせいかな?」
「気のせいでしょう。僕達以外に他に誰もいませんし」
新橋先輩も何者かの気配に気づいたのだろうか。何者かたちが新橋先輩の方を見る。けれども新橋先輩は何者かたちの誰とも視線を合わせずに、また薔薇のパイに視線を落とした。
それを確認した何者かたちは、また薔薇のパイを手に取っていく。それを食べながら、わいわいと話をしている。
“おまえの作るこの菓子はとてもよい”
“今度はあれだ。ましまろとかいうのを甘いせんべいで挟んだやつが食べたいぞ”
おやつのリクエストまでしてくるとは。
でも、この声が葛西先輩に届くとは思えない。なんせ葛西先輩は、自分の後を付いて回るこの何者かたちに一切気づいていないのだから。
そのはずなのに。
「あー、今度はスモアでも作ろうかな」
その呟きに思わず葛西先輩の方を見る。驚いて思わず勢いよく見てしまった僕に、蔵前先輩がくすくす笑いながら言う。
「なんだ、大島はスモアが好きか?」
「……そうですね。マシュマロもビスケットも好きです。
ただ、スモアはやはり焼きたてが美味しいかと」
上手く誤魔化せただろうか。蔵前先輩と葛西先輩の周りの何者かの間で視線をさまよわせ様子を窺う。そうしていると、葛西先輩がにこにこと笑ってこういった。
「それならビスケットとマシュマロ持ってくるから、ガスバーナーで焼こうぜ」
だから、地学室で調理をするあたりが人間がへたくそだと。
ふと気がつくと、葛西先輩の周りにいる何者かたちがじっと僕を見ている。
まずい。気づいていないふりをしないと。特に害を与えてくることは無いだろうけれども……
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