2.全世帯一名徴兵法

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2.全世帯一名徴兵法

 資源も尽き始めた地球を捨て、太陽系第四惑星火星を、次なる住まいとして考え始めた人類が、本格的な火星有人探査を始めて一年。主にその指揮を執っていたのは宇宙研究の牽引組織とも言うべき、アメリカのNASAだったが、総勢十人で火星へと向かった宇宙飛行士たちは、誰一人帰らなかった。だが、それがなぜなのか、地球上からシャトルの様子をモニターしていた管制官たちはその理由の一部始終を目撃した。  音声は途絶していたが、無音の映像に映ったものは、シャトルの中、次々と殺されていく宇宙飛行士の姿だった。  奇怪なことに、殺人者の姿は一切、モニターに映ることはなかった。どこから侵入したのかも定かではないまま、一人目の宇宙飛行士の胴体が上半身と下半身に分かれて飛んだのが始まりだった。  シャトルの中はパニックに陥った。宇宙飛行士たちはどこから来るとも知れぬ姿なき敵に怯え、泣き叫びながら、無慈悲に切り刻まれていった。ある者は四肢を分断され、ある者は首を飛ばされ、またある者は胴体に風穴を開けられ、腸をまき散らした。さながらかまいたちのように、空気の刃が彼らを切り裂いたように管制官たちには見えた。  けれど、本当の恐怖はこれからだった。  すべての宇宙飛行士が死に絶えた後、管制官たちは見た。シャトルの壁にゆっくりと文字が刻まれていくのを。見えざる何者かがその場で紡いだのか、文字は一つ一つ、壁にゆっくりと現れた。宇宙飛行士の血を使って書かれたその文字は、地球上のどの文字とも違っており、管制官たちは困惑と同時に恐怖した。こんな惨劇を目の前で見せつけられ、そのうえ、その何者かはこの場を見ていただろう自分たちに、あるいはこの後、ここへ訪れるかもしれない誰かにメッセージを残そうとしている。意図が掴めないだけに、目撃者は全員震えあがった。  早急に言語学者の手により文字の解析は行われ、やがてその文字の意味は解読された。火星に無人探査で降りた際、人工物ではないかと疑われた石に複数刻まれていたものと同じ種類の文字であることと共に、文字により示された何者かの意志が全世界に知らされた。 「私たちはこの星に生きる者だ。この星を汚す者には神の裁きが下される。私たちの星を侵すすべての生命は塵となるだろう」  古くから火星には生命体がいるのではないかとは言われてきた。だが、その姿はチープなアニメのようなタコ型ではなく、地球人には肉眼で捉えることすら不可能な不可視なものだった。彼らにも神をあがめる概念があるのか、それとも本当にここには神がいるのか。誰にも説明ができようはずがなく、だが、この惨劇の後、地球は滅亡の危機に立たされることとなった。  姿なき火星人たちの手によって、隕石が地球に降り注ぎ始めたためである。  隕石を地球に故意に落とすことができるほどに、彼らの科学力は地球人のそれをはるかに超えたものだった。地球側からはなんとか彼らと接触を図ろうとしたが、彼らはこちらからの信号に一切、反応せず、隕石はまるで意志を持つかのように地球に落ち続け、各国の大都市を壊滅させた。主要都市が破壊されたことにより、世界はパニックに陥った。各国の連携も崩れ、日々迫りくる隕石を地上に落とさないよう軌道をどう変えるかの対策が、それぞれの国でなされた。  日本でも自衛隊を中心に、隕石が地上に激突する前にミサイルによる迎撃を行ってきた。しかし資源はやがて尽き始め、ついには戦闘機ごと隕石に突っ込み、地上へ落さないようにするという、太平洋戦争における特攻を思わせる戦法までもが取られるようになった。  そんな人員も資源も極限の中、日本政府はついにある法律を制定した。 「全世帯一名徴兵法」である。  日本全国、各世帯につき一名、出兵しなければならない。  当然国内では反対運動が持ち上がったが、状況は変わることはなかった。  生贄を差し出すことの愚かしさを知りながら、人々はそれでも従うしかなかった。  今日もどこかで町が消えている。命が、消えている。  最後まで生き残りましょう。そうモニターの向こうから訴える政治家の顔を睨みながら、逃げる場所などどこにもない、という絶望と、儚い明日への希望に揺れ動きつつ生きること。それだけが残された人類に許されたことだった。
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