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4.命の火
「なんで……」
問い返した博樹に麻人はやっぱり微笑んだまま、見ろよ、と促した。
太陽の光が消えた西の空を。
わずかに輝く星の光に交じって、まるで線香花火のように火花が遠く瞬いているのが見えた。一瞬光っては消え、また光っては消える光の明滅。それがなんなのか、博樹にもわかった。
「あれはさ、命の火だ」
ぱちぱちと炎が弾ける音を背負い、麻人は淡々と言った。
「この星が消えてしまわないように、この星にいる大切な人を失わないために、守ろうとして散っていく人たちがあそこにいる。死ぬことがわかっていても、行かずにはいられなかった人たちの最後の声が光になって届いている」
ぱちん、と音高く響いた破裂音に博樹ははっとしてたき火に目を戻した。
虫がまた一匹、炎に身を焼かれた。
「俺が行ったところでどれだけの時間を稼げるかもわからない。けど、俺にはあの人たちの気持ちがわかるんだ。守りたい人が俺にもいるから」
横顔で微笑んだ麻人の腕を見た博樹はそこでふと気がついた。
麻人が着けている腕時計。幾分くたびれた茶色のベルトにシンプルな白地の文字盤のそれ。
麻人が中学校の生徒会の会長に立候補して当選したとき、千鶴がプレゼントしたものだ。
二十歳を過ぎた今でもそんなくたびれた時計を着け続けているのには確かに違和感があったが、麻人は物持ちが良いからだろうくらいにしか思っていなかった。千鶴からのプレゼントだということも今の今まで気にも留めていなかった。麻人が千鶴に好意を抱いている様子なんて見えなかったから。
でも、違う。
麻人は自分よりはるかにもてる。彼女がいたこともあり、その彼女にプレゼントで腕時計をもらったことがあるのを博樹は知っている。
けれど麻人が今も身に着けているのは千鶴からのプレゼントだけだ。
「千鶴のこと、好きなんだな」
低く問うと、麻人が目を見開いた。数秒博樹の顔を眺めてから、麻人は後ろ頭を搔きながら頷いた。
「まあ、そうかな。千鶴には言ってないけど」
「言わねえのかよ」
顔を見ていられず、たき火に目を戻して問いかけた博樹の横で、麻人は少し黙ってから、短く息を吐いた。
「言わないよ。言っても仕方ない。千鶴が好きなのはお前だし」
はっと顔を上げた博樹の目に、こちらを見つめる兄の目があった。
「良かったよ。千鶴の相手がお前で。心置きなく行ける」
ぱちん、とまた音がする。炎に飛び込んだ虫の名残のように火花が一瞬閃く。
「お前も千鶴も、どっちも俺にとっては大事だから。お前たちのいるこの町には、絶対、落とさせたりしない。だから安心しろよ」
ぽん、と叩かれた肩がずっしりと重い。うつろに視線を上げると、怪訝そうに麻人が首を傾げた。
麻人は、なにもわかっていない。
千鶴の気持ちも。自分が出兵することの意味も。
千鶴が見ているのは、博樹じゃない。勝手な思い込みで身を引こうとしている麻人だ。
麻人が出兵することを知ったら、千鶴はどうするだろう。本心を漏らしてしまった今、彼女は博樹を罵るのだろうか。
あんなに頼んだのに、どうして行かせたの。どうして殺したの。
………あんたじゃないのに!
彼女はそう言ってなじるのだろうか。
いやそれよりも、もしも麻人が千鶴の気持ちを知っていたら、彼は出兵しない、と言うだろうか。
博樹はぼんやりと視線を西の空へと向けた。
時折、夜空に輝く光。弾けるように輝いては消えていく、無数の光。
命の火。
誰かを守るため、誰かを失わないため、戦った人たちの最後の声。
その光を見ていたら、わかってしまった。
思いを確かめ合った後でさえ、麻人ならきっと行くことを選ぶだろうことが。
共にあることより、愛する人の命を一日でも長らえさせたい。今、あの空の果てで散っていった誰かと同じ思いを麻人は持っている。それは思いが通じているとかいないとかはきっと関係ない。
自分と麻人の決定的な差。それがこれだ。
麻人は高潔であり、自分はそうじゃない。だからこそ、千鶴は麻人を選んだ。
「なんか馬鹿馬鹿しくなってきた」
大きく伸びをした博樹は、勢いよく首を巡らせて麻人を見た。
「悪いけど、俺が行く」
「なんで! 行けば生きては帰れない。千鶴だって」
「俺は千鶴を好きじゃない」
言い放つと、麻人は呆気に取られた顔をしてから首を振った。
「気を使ってくれなくてもいい。お前たちが両想いなのは見てればわかる」
ああ、俺もそう思ってたさ、と苦い思いを胸の中に押し込め、博樹は笑った。
「千鶴に告白されたけど、こんな状況だし、断るのもなにかと思ってたんだ。けど、好きじゃないのに付き合うのもきついし、このままここにいてもこれから気まずいだけだ。これは逃げなんだよ」
麻人の顔から目を逸らし、博樹はたき火を枝でつついた。落ち葉を掻きわけ、ちょうどよく焼けた芋を火の外へと押し出す。
自分と麻人は違う。麻人にある高潔さが自分にはない。自分は、麻人を黙らせるためとはいえ、負け惜しみのような嘘を並べ立て、自分の優位を示そうとするような人間なのだから。
けれど、それはこれまでの自分だ。目を逸らし続けてきた麻人の崇高な心を直視した今の自分なら、麻人が選んだ道を選ぶことができる。自分だって麻人と同じことができないはずがないのだ。自分たちは双子なのだから。
「俺にも守りたい人がいる。その人を守るために、俺が行きたいんだ」
………麻人の代わりに行って。
思い出すだけで胸がきりきりと痛む。けれど、麻人は博樹と千鶴を思って命を投げ出そうとしたのだ。簡単に投げ出していいものじゃないのに。それなのに麻人はその道を選んだ。
愛する人の幸せのために。
「ちゃんと千鶴に言えよ。兄貴」
微笑んで博樹は火中から取り出した芋に手を伸ばした。
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