1.終わり始めたこの世界で

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1.終わり始めたこの世界で

 窓を開け、夕日の最後の光を浴びる。  窓枠に行儀悪く腰かけると、東の空から光が引いて、青く変わっていくのが見えた。雲ひとつないその濃い青を見て、明日も晴れそうだ、と博樹はぼんやり思う。  明日なんて、もしかしたら来ないかもしれないのに。  机の上で携帯端末がかすかに振動する。緩慢な仕草で取り上げてみて、博樹は苦笑する。 『彼女と高尾山に来ています! 夕日きれ~!!』  チャットメッセージには写真が添付されており、おそらくリフトに乗りながらだろう、眼下に広がる暮れなずむ町をバックに友人とその彼女が顔を寄せ合って笑っている。  幸せそうだ。本当に嫌になるくらい、幸せそうだ。  あの日を境に、人々は幸せを求めることに貪欲となった。  今から二か月前の、あの日から。  物思いにふけっていた博樹の耳に、おおい、と声が聞こえた。視線を転じた先、小さな庭で煙が上がっているのが見え、驚く。 「なにしてんの、お前」 「焼き芋焼き芋」  軽い口調で自分とまったく同じ顔が言う。双子の兄、麻人だ。 「降りてこいよ」  爽やかに呼ばれ、博樹は、わかったよ、と頷いて庭に降りることにした。  庭に降りると、麻人はこんもりと盛り上げた落ち葉の山を手近の小枝でせっせとつついていた。 「焼き方、これであっているかわからないけど、多分焼けるだろう」  相変わらずの大雑把な口調に脱力しそうになりながら、博樹は麻人の隣にしゃがみこんだ。 「しかしさ、焼き芋って……。さつまいもの配給なんてないだろ。これどうしたの」 「ネットで十万円」  なんてこともなさそうに麻人は言って、小枝を使ってたき火をさらに大きくしようと躍起になっている。素人のたき火だが、落ち葉にうまく炎が回ったのか、ぱちぱち、と小気味よい音を立て、赤い炎が上がり始めた。 「十万?」 「どうせ、金なんて持っていても意味なくなるしさ」  あっけらかんと言う麻人の顔には微塵も悲壮感はない。もしかしたら最近周りに増えてきた、死への恐怖が大きすぎて感情が振り切れてしまった人間のように、自身のコントロールもままならいのかとも思ったが、それはないな、と即座に頭の中で否定した。  麻人はそういうタイプではない。何事も冷静に把握し、自身の感情すらも思考の末に決める。そんなタイプの人間だ。もう何度驚かされたかわからない現在の非常事態にあってさえ、麻人は泣き崩れたり、打ちひしがれたり、神を呪ったりというような、感情を爆発させる様子はみせなかった。  一報を耳にしたとたん、みっともなく慌てふためき、死にたくねえよ、と泣き喚いた自分とは対照的に。  双子であっても自分たちは違う。姿形はまるで同じなのに。  そして、その中身の違いから、自分は今、目の前のこの兄を、自身の溢れさせた熱くて黒く、ねっとりとしたタールのような憎しみで溶かしてしまいたいと心から願っている。  自身の命を守るため、自身の卑小な嫉妬心のために。
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