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〝婚活クルーズ船〟
それは、国が経済の活性化の為に民間企業に委託して開始された新しい事業である。
クルーズ船は日本を一周する。
愛莉の住む港街は関東圏にありながら比較的田舎街。地元からの出港でありながら、クルーズ船の乗客を見送る客の中には知る顔が一人もいない。
そもそも見送る客は殆どいないのだが。
途中乗船の無い婚活クルーズ船の乗客は、全国から集まる。
きっと見送りには来られないのであろう。
それに、〝婚活クルーズ船に乗る。〟と公言するのも恥ずかしい。
本当はクルーズ船には結莉が乗るはずであった。
結莉がクルーズ船を予約したのは結莉が離婚した日。結莉は籍を入れて数週間。家族への紹介も果たせぬまま結婚式目前で破局した元夫の口座から、慰謝料代わりにクルーズ船の申込料の送金を済ませたのだが、昨日再就職が決まった結莉は、半端騙す形で無理矢理、愛莉をクルーズ船に乗せて降りてしまった。
強引な結莉に流されやすい愛莉はいつも結莉にしてやられるのだが、愛莉はいつも結莉によって強制的に置かれた現状に居心地の良さを見出してしっくりとまとまってしまう傾向にあった。
今回もそう。
専業主婦。義理両親との同居。
夫との関係性に限界を感じていたその時に、結莉に乗せられた婚活クルーズ船を出港前に降りることも出来た。
愛莉はクルーズ船を降りることを選ばなかった。
港で手を振る結莉に愛莉は不安を拭えない表情で手を振りながら、自由に胸を膨らませつつ、罪悪感としがらみを感じていた。
(恋はしない。もし恋をさせたら、恋人は結莉に引き継ぐこと。)
愛莉は今、バツイチ独身の結莉として婚活クルーズ船に乗っているのである。
(あれ? 一瞬変わった結莉の苗字は何だったかな?)
〝いってきます! よろしくお願いします。
上手く伝えてね!〟
結莉は愛莉と違って口が上手い。
愛莉は結莉に手を振ってから、そうLINEを送ると、結莉からはコミカルに動くスタンプが一つ届いた。
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