湛えた深くで息をして

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 すう、と。漂った風が鼻先に湿り気を運ぶ。ふと外を見ると、ぱた、ぱたと雫の落ちる音が聞こえた。 「雨」  誰かの呟きを皮切りに全ての雲から水が降り始める。風に煽られた雨が、ざあと騒いではためいた。 「窓締めろー」  先生の声に由乃が左手を伸ばすと、窓ガラスが前から緩やかに滑ってきた。 「あ、」 反射で受け取った由乃がそれを枠に納めると、振動と共に鍵が閉まる。奇しくも上手くいった連携に由乃が前を見ると、秦野(はたの)はちらと視線を寄越こしただけで椅子に腰を落ち着けた。 (何かしたか、私)  パスとシュート、トスとアタック、点が入った時のようにハイタッチをしたいとは由乃も思わないが、何か一リアクションくらいあってもいいのではないか。少し湿った気のする手の甲をぬぐって、由乃も座り直した。  出席番号のありがちな席順は九年間で飽きただろう、という学校の謎の気づかいで教室の右後ろを起点に左へ、窓際で前に折り返して右へ、と少々特殊な並びによって秦野と由乃の関係は始まった。夏目でいる限りは座らない窓際に由乃は新鮮さを覚えたが、それより前後も隣も、付き合いやすそうな顔が並んでほっとした方が記憶に残っている。
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