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着手
長く感じたが実際は数日だったのだろう。
弁護士事務所から連絡があった。
ここは田舎。人口は1万人程。
タクシーに乗り祖父の名前を言えば自宅に辿り着くそんな小さな事で町。
そんな小さな町に弁護士はいない。
連絡が来たのは自宅から50km程離れた弁護士事務所だ。車で1時間ほど。週末はこの町に出掛けるのが周辺住民のお約束だ。
弁護士に会うのは人生ではじめてだ。まさか、自分がお世話になるなんて…。
約束の時間の10分前に事務所に伺う。
既に近くの駐車場で30分程まっていた。
癖だ。
事故や渋滞があったら遅れてします。早く着いたら時間を潰せばいい。という癖。
応接セットの置かれている部屋に通され、住所、氏名等の個人情報を記載。自分が把握している消費者金融も記載した。
ドアからガタイの良い中年男性が入って来た。
「弁護士の長谷川です。法テラスからの依頼で間違い無いですね。自己破産と個人再生とありますがどうします?」
「私は働いています、全額の返済は無理ですが少しでも返済したいです。」
「気持ちはわかりますが、あんまり変わらないし金額も大きいから自己破産した方がいいのでは?」
「いえ、こうなったのも自分の責任です。個人再生でお願いします。
「わかりました。後は事務の方から説明ありますから、あとっ弁護費用の42万円は分割で1年間で支払って下さいね、大丈夫かな?」
「はい、頑張ります。」
長谷川弁護士とはこの会話が最初で最後。もちろん会う事もなかった。
「事務の大和だです。宜しくお願いいたします。」フットワークの軽そうな50代位の女性、何となくだが親切そうに感じた。
「大変だったわね。もう、今日から催促の電話行かない様になりますからね。安心して。」
催促の電話、これは想像を遥かに超える苦痛。
携帯の着信音恐怖症になり、小さな物音にまで異常に反応してしまう。
大和田さんとどれくらいの時間話しただろうか。
旦那に頼まれて借入し、それから何度か同じ様な事が繰り返され、自宅に「勇治に金貸してるんだけど返してくれない?」と催促にくる人。「また家に来ちゃうと困るでしょ?親にバレたくないよねー」とアイツ。私の実家の二階が空いていて結婚の際に暫く住む様に言われたのだ。私はバツ1だった。
「私、会社辞めた方がいいですかねっ」何となく色々迷惑かけたく無いと思った。
「福利厚生もしっかりしてる、ボーナスも出るいい会社なんで辞めるの⁈勿体無いわよ。自己破産して普通にお勤めしてる人、いるわよー。関係ない、会社にもバレない。逆にこれから支払い始まるのよ、頑張って働かなきゃ!」大和田さんはシッカリと私のまとまりのない話を一生懸命聞いてくる。励ましてくれる。
あんな小さな町で一部上場企業に勤めていて、実家に住んでいて、再婚で、再婚相手が最悪で借金して、また離婚して、それでもその場所で頑張って行かなきゃならない苦しみも理解してくれた。
個人再生、親と同居していると親の収入も返済にあてなくてはならない仕組みらしい。実家を出るしかない。お金はないが、ボーナスで貸家を借りる事にした。築30年3DK平屋の戸建て。砂利の敷いてある敷地に同じ建物が8棟。この場所は地元の人もあまり知られていない。周りを雑木林に囲まれていてどおりからは見えない。ここで地道に借金返済していこう!頑張るしかない!季節はいつの間にか冬になっていた。空っ風が冷たい。
引っ越して1ヶ月。ようやく生活のペースを掴みはじめた。少しずつだか寝れる様になってきた。食事も半分くらいなら食べれる様になっていた。
静かな夜。
午前2時。
ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ、
私の家の周りを歩く足音。
いや、私の家の周りを誰かが歩いている。
何周も。
ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ、
1人?2人?
こういう時警察に電話してもいいの?
ちゃんと人とか見てからじゃないとダメ?
でも、今パトカーとか来たらご近所さんに迷惑かける。
電話して声出したら、私がいる事がバレる!
どうする私!
ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ、
ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ
「 」
見つかればきっと拐われる。
声を出せない私の叫び、誰にも助けを求められない。
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