七章 真相の底

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ニ.  一方、香龍(シャンロン)宮を出た鴎花(オウファ)は地下牢へ赴いていた。罪人である自分を幽閉してもらうためだ。  しかし牢屋というものは、そもそも自主的に入るような所ではない。  後宮の出入り口には華語(ファーユィ)を解する者がいたから鴎花の気迫に押されて表宮まで案内してくれたが、その先にいた牢屋番は鴉威(ヤーウィ)の言葉しか分からない者ばかりで話が通じない。  しかし不毛な押し問答をしているところへ、アビが護送されてきたのだ。そして彼が「堅い事言うなよ。本人が入りたいって言ってるんだから、いいじゃねぇか」と間に入ってくれたため、昼過ぎになってようやく入牢することができた。  ただ一点、おかしなことになってしまったとすれば、話の流れでアビと同じ牢の中へ入ることになってしまったところだった。  もちろんそれは、アビがそうなるよう仕向けた為である。 「……で?」  澱んだ空気と冷気に包まれた地下牢の中、胡座をかいて座ったアビは、さっそく身を乗り出して鴎花に尋ねた。 「状況がさっぱり分からないんだよ。何がどうなったら、お前が自ら牢屋入りを希望するような話になるんだ?」  彼は鴎花からその辺りの話をじっくり聞きたかったらしい。  どうしてこの男と二人きりで向かい合う羽目になっているのか、いまいち腑に落ちないものの、鴎花はここに至るまでの説明をした。 「ふうん……まさか、あいつが自分から翡翠姫だって認めるなんてなぁ」  鴎花から話を聞き終えたアビは感心したように、大きく息を吐いた。  ここに入る時、アビが牢屋番達に頼んで譲ってもらった茣蓙(ござ)の上で、互いにかなり近い距離で座っていたため、吐き出した彼の生暖かいため息は全て鴎花に当たった。 「しかも今まで自分の身代わりになってくれていた忠臣をあっさりお払い箱とはな。全く、大したタマだな」  惚れ直した、とまでは言わなかったが、それに近い表情をアビは浮かべていた。 「まぁ、雪加(シュエジャ)のことはとりあえず置いておこうか。ここにいない奴のことを話しても仕方ないもんな。それでお前は? なんで入牢なんて希望するんだよ? そもそも、あの八哥(パーグェ)がお前を手放す訳がないだろ。翡翠姫は飾り物の王妃にでもして、お前は妾の立場で側に残っても構わないはずだぜ」 「いいえ。私は陛下を謀っていたのですから、許していただけるはずはありません」  鴎花はイスカが翡翠姫を娶る意味をよく知っていた。  天帝の血を引く娘を得ることで、中原の王となる大義名分を得られる。  そして翡翠姫が子を産んで、その子が王となれば、威国(ウィーグォ)は中原に根付くことができるだろう。  しかし鴎花ではそれが叶わない。  そうと知っていて、鴎花は翡翠姫を演じ続けた。これほど重い罪は無いと思う。 「ですが、私には二つだけどうしても聞き入れていただきたいことがあるのです。ですからそれが叶うまでは、ここでおとなしくしていようと思うのです」 「要するに殊勝な態度を取って、八哥から温情を引き出そうって肚なんだな。随分な策士じゃないか」 「何とでも仰ってください」  鴎花はむくれた顔をし、膝を抱えて座り直した。この茣蓙、二人で座るには狭くて、それでもアビとの距離が近過ぎて、どうにも居心地が悪い。 「それであなたの方は、どうしてここに?」 「俺か? 俺は八哥をあるべき方向へ正そうとして失敗しただけさ」  鴎花からは具体的な話を聞きだしておきながら、アビ自身ははぐらかす気らしく、何も言ってくれない。その上、彼は急に恨みがましい目つきになって鴎花を睨めつけてきたのだ。 「大体さぁ、お前が悪いんだぜ」 「え?」 「お前と出会ってから、八哥は八哥じゃなくなった。華人(ファーレン)なんかと馴れあうようになったのは、八哥がお前にのめり込んだせいだ」 「陛下は中原の王として相応しい、華人と鴉威の者、両者の上に立つ人物になろうと努めておられるだけです」 「八哥は鴉夷の王なんだから、華人のことなんて気にしなくていいんだよ。もっと言えば、俺のことだって斬り捨てればよかった」 「え?」 「俺は罪を犯したんだ。八哥が罪人を斬るのは当然じゃないか」 「それは……陛下に罰してほしい、ということですね?」  鴎花は首をひねりながら聞き返した。アビの言葉の中に潜む、イスカへの甘えを微かに感じたのだ。  絶対的な指導者に己を預けることで、自分は何も考えずに済むようになるということか?  もしイスカが罰してくれなかったら、アビは自分で自分を裁かねばならなくなる。そうまでして、自分の罪と向き合いたくない、と……?  いまだ幼さを残す顔立ちをしているくせに、この青年は一体どんな(ごう)を背負っているというのだろうか。
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