一章 翡翠の姫

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 その力強くも粗野なふるまいに、鴎花(オウファ)は息を呑む。  男子禁制の後宮で育った鴎花は、男性と接する機会がこれまでほとんど無く、その腕っぷしの強さを目の当たりにするだけで、すくみ上ってしまったのだ。  加えて鴎花には強い懸念があった。 「……い、嫌ではないのですか?」  重ねられた座布団の中に押し倒された鴎花は、覆いかぶさってきた男に向かって、震える声で尋ねた。 「うん?」 「わ……妾の痘痕は体中に広がっているのです。触れるのも気色悪いのではないかと……」  今にも泣きだしそうな鴎花の言葉に、男の動きが一瞬止まった。  しかし彼は彫りの深い顔の中央へ眉を寄せた次の瞬間、組み敷いた鴎花の着衣の帯を抜き取ってしまった。 「気色悪ければこんなことはしない」 「で、ですが本当に醜くて……」  怯え切っている鴎花に、男は困ったような目を向けた。どうやら華語がそこまで得意ではないようだ。言葉を探すように一瞬、視線を天に向けた。 「俺は顔の美醜なんて気にしない。灯りを消せばどうせ見えないんだ。お前も気にするな」  言うなり、男は燭台に手を伸ばした。  三本刺さっていた蠟燭(ろうそく)が彼の一吹きで消え、辺りは漆黒の闇に包まれる。   「これでいいな?」  闇の中から男が確認してきた。鴎花は慌てて首を横に振る。 「あ、あの……」 「なんだ、まだ問題があるのか?」 「名前を教えて下さい。族長であるとは伺いましたが……なんとおっしゃるのでしょう? 八哥(パーグェ)殿、ですか?」 「それはアビだけが呼ぶ名だ。俺はあいつにとって八番目の兄貴だからな」  暗がりの中、男が吐息を漏らしたのが、空気の震えで伝わってきた。 「そうか。お前は自分の国を滅ぼした男の名前も知らずにいたのか」  男の右手の指が鴎花の顔の輪郭を確かめるように触れてきた。  反射的にビクッと震えるのを抑え込むように、彼は鴎花の額に自分の額も押し当ててきた。 「いいか。俺の名はイスカという。華人(ファーレン)のような苗字はない。ただのイスカだ」  至近距離で聞く彼の名は、熱を帯びた息遣いと共に鴎花の耳に響いてきた。闇の中で何も見えないのに、彼の声で心だけが自然と上擦っていくのを鴎花は感じた。 「イスカ……様……?」 「敬称もいらないぞ。無駄は嫌いだ」  鴎花の頬に彼の唇が触れた。  世の女たちのような柔らかさが一つもない凸凹した肌なのに、彼はためらうことなくそのまま耳朶にまで舌を這わせる。  更には彼の手が肢体の方にも伸びていくのが分かり、鴎花は怯えたように身を硬くした。  男がこれからする振る舞いというものを、鴎花はろくに学んでこなかったのだ。もちろん女の方がどう応えればよいのかも知らない。  この痘痕面だからどうせそんな事態にはなるまいと背を向けてきたツケが、まさかこんなところで回ってくるとは……。  しかし鴎花の戸惑いなどイスカは気にせず、この後も時間をかけてゆっくり鴎花の体を探っていった。  闇の中で彼の指が(うごめ)く感触。  肌で感じる熱い吐息。  そして擦れ合う互いの体温。  自分が何をされているのかさっぱり分からない恐ろしさはあったが、イスカはその恐怖心さえ丸め込むように、丹念に鴎花を弄り、抱き締めてくれた。  そして丸い月が天の頂きへと昇る頃、鴎花はその分厚い胸にしがみついて、彼を自らの体へと受け入れたのだった。
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