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四.
翌朝の二人の元には、大きな包子が届けられた。
練った小麦粉の皮で羊肉の餡を包んだものだ。
湯気が立ちのぼりとても美味しそうだったが、何故だか一個しかない。不思議に思っていたら、イスカが半分に割ってくれた。
もしかしたら婚姻の契りを結んだ朝には、二人で包子を分け合って食べるのが鴉夷の風習なのかもしれない。
だとすると、この男は本当に翡翠姫を娶るつもりだということになる。
この男は一夜の慰みものとして鴎花を弄んだのではなく、正真正銘の妻として迎え入れる肚なのだ。
「食べろ」
「ありがとうございます」
差し出された包子を受け取るべく、すっくと起き上がりたいところだったが、下半身の鈍痛で鴎花の体は悲鳴を上げていた。それに緊張のあまり夜もほとんど眠れなかったから、体はぼろ雑巾のようにくたびれ果てている。
それでもこの醜い容貌ゆえに、一生男性と縁づくことは無かろうと諦めていた鴎花にとっては、処女を奪われたというよりは、一人の女性として扱ってもらった、という感謝の思いの方が強い。
何より彼が痘痕を嫌がる素振りを見せなかった点に、鴎花はひどく感動していた。
鴉夷の民は礼儀も知らぬ蛮族だと聞いていたが、同胞である華人らの方がよほど鴎花に冷たく、蔑んだ扱いをして来たものだ。
もちろん彼は祖国を襲った憎い男ではあるのだが、少なくとも鴎花にとっては度量の広い、心優しい男であるように思えてしまう。
鴎花は夜着の前を繕うと、なんとかイスカの元へ行き、包子を受け取って食べた。塩味がキツめだったが、肉の旨味が外側の生地にまで染み込んで美味しい。
イスカはあっという間に食べ終えてしまい、その後は鴎花が小さな口でもぞもぞと食べ進めるのをじっと見つめていた。
そして鴎花の口の中に全ての包子が収まるのを見届けた瞬間「今から出かけるぞ」と言った。
「どこへですか?」
「そこに見える高楼だ」
彼は夜着しか身に着けて来なかった鴎花のため、部下に命じて着物を用意してくれた。
とはいえ相変わらず面布の支度は忘れてしまう鴉夷の民だったが、今の鴎花にはそんなところまで注文を付けることはできない。
とりあえず人前に出ても恥ずかしくない風体を整えることができただけでも、良しとしなければ。
そして鴎花が着替え、髪を結い終えると、イスカは表宮の南端にそびえ立つ高楼へと向かった。
白い漆喰で塗り固められたこの塔は、天高くそびえ立ち、登ると四方が見渡せる。もちろん、これより高い建物など他には無いし、木京の町を取り囲む城壁よりも遥かに高い。
イスカは供の者を下で待たせると、鴎花だけを伴って石造りの階段を登り始めた。
「ここに登るのは生まれて初めてです」
「そうなのか? こういうものは見上げるだけなんて、つまらないだろ」
イスカは不思議そうな顔をしたが、鴎花は体を覆いつくす醜い痘痕のせいで、これまで人前に出るような場所へ連れ出されることが無かったのだ。
瑞鳳宮で育ちながら、瑞鳳宮を知らない。
鴎花の知っている世界は後宮の中、それも伽藍宮の片隅だけだったのである。
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