一章 翡翠の姫

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 全身を凍りつかせる鴎花(オウファ)達の前に立っていたのは、松明(たいまつ)を掲げた五人の兵士だった。  粗野な雰囲気に満ち溢れた彼らは、一目で鴉威(ヤーウィ)と分かる、あさ黒い褐色の肌の持ち主である。  筋骨逞しい彼らの中には血の滴る抜き身の剣を持っている者もいて、恐ろしいことこの上ない。  男達は全員が同じ格好をしていた。革を(なめ)した鎧で上半身を覆い、その下には袖口と襟元に幾何学模様に似た独特の文様を施した着物を身に着け、防寒具としての外套を上から羽織っている。  頭部には細長い紐状の頭巾を巻きつけていたが、それらの布の色は全て黒。この色こそが鴉夷という言葉の語源になっているのだが、極度の緊張状態にある鴎花には彼らの衣装にまで目を向ける余裕が無かった。 「おう! 翡翠姫だな!」  男達のうち、一番年嵩の男が鴉夷の言葉で歓声を上げた。鴎花はこの時、木綿の夜着しか身に着けていなかったが、薄暗い部屋の中では布の質まで分からない。しかし悠然と椅子に座っていた態度と、ここが皇后の娘である翡翠姫の住む伽藍(ティエラ)宮であるということから、その身分を推測されたのだ。  彼は土足のまま奥の間に踏み込むと、一段高いところにいた鴎花の手を掴み、椅子から引きずり下ろす。そして弾みで床に転がった鴎花の頭から、被っていた絹の薄布を乱暴な手付きで引き剥がした。  この薄布は高貴な女性が人前で素顔を晒さないために被っている面布だ。彼らは翡翠姫と(たた)えられる美しい姫君の顔を、拝みたくて辛抱ならなかったのだ。  男の乱暴な所作によって銀の(かんざし)が弾け飛び、絹の布がふわりと床に落ちた。  男達はすかさず松明を鴎花の顔に近づけ、好奇の視線を集中させる。 「!!」  音を立ててはぜる松明の熱を嫌い、鴎花は床に倒れ込んだまま顔を背けた。しかし松脂(まつやに)を灯した炎は、鴎花の横顔を薄闇の中へくっきりと浮かび上がらせていたのだ。 「おおう?!」  男達の間には声に出しての動揺が広がり、直後に哄笑が沸き起こる。 「なんと、痘痕面(あばたづら)じゃないか!」 「まさか中原の宝玉とまで謳われた翡翠姫は醜女(しこめ)だったのか」 「ふん! 虚飾に満ちた、かの国らしい話じゃないか。痘痕で覆われた顔まで美しいと偽るなんて」  発っせられたのは鴉夷の言葉だったから、鴎花には何と言われているのか分からない。  しかし彼らの表情と笑い方から、自分の容姿を馬鹿にされていることだけは察することができ、鴎花は肩を震わせた。  こんな笑われ方をするのは、幼い日に疱瘡(ほうそう)を患って以来、日常茶飯事であったものの、よもや礼儀知らずの蛮族達にまで嘲笑されようとは……。  しかしいくら悔しくとも、この痘痕の醜さは鴎花自身が一番良く知っている。  本来なら年頃の娘らしくふっくらとして柔らかなはずの白い頬を覆い尽くすのは、淡い褐色の小さな凸凹たち。これが一つや二つならともかく、顔一面に広がっている様はまるで蟾蜍(ヒキガエル)だ。  あまりに薄気味悪くて、鴎花だって鏡で自分を直視できない。
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