二章 夷狄の王

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「あら、美味しい」  この場を取り繕うことばかり考えていた鴎花は、とにかく何か喋ろうとした結果、うっかり自画自賛してしまった。握り飯の中には菜っ葉の胡麻和えを入れており、これがご飯との相性も良く、更には表面に薄く焦げ目がついたところも香ばしくて、本当に美味しかったのだ。 「如何でしょう、陛下? これなら表面を炙っているので手を汚さず、(おかず)も一緒に簡単に食べられますよ」  鴎花はつい調子に乗って、自分の作った握り飯を売り込んでしまったが、イスカはこの時、握り飯の菜っ葉のはみ出した断面を凝視していた。 「そうか……お前は、俺が箸を苦手にしていると気付いたから、こんなものを作ったのか」  ぼそりと呟いた、その目つきの険しさと言ったら無くて、鴎花は一瞬で肝を凍りつかせてしまった。 「いえ、あの……ち、違うんです。陛下はいつも食べにくそうになさっていたので、少しでも食べやすくならぬかと思っただけで……」  決して、イスカが箸を苦手にしていることを揶揄しようなどと、考えたわけではないのだ。  しかしイスカは鴎花の言葉をろくに聞いていないようだった。  無表情のまま握り飯を口に入れ、その味を噛みしめるように、じいっと咀嚼する。  その間の沈黙の、なんと重いことか。  鴎花はすっかり怯えてしまった。  確かにこの握り飯を作る時には、箸を使いづらそうにしていたイスカのことも考えたけれど、それは彼の食べ方が綺麗になれば、雪加の苛立ちも減るかと思っただけなのだ。まさかそんなに気を悪くするとは思わなくて……。 「あ、あの……差し出がましいことをいたしました」 「……お前だけだな」 「え?」  食べかけの握り飯を見つめたイスカが感慨深げに唸るので、恐縮し今にも泣いてしまいそうだった鴎花はそのままの姿勢で固まってしまった。 「料理人達は俺が箸を使い慣れていないと分かって尚、小難しい飯を作り続けた。運んでくる奴らも、ややこしい食事の作法の説明しかしない。だがお前は華人達の作法と、俺の食べやすさを両立させる方法を考えてくれたんだ」  なんとまぁ。この人は握り飯一つから、そんな大層な思考に発展したらしい。  鴎花は過大評価されていることに対し相槌を打って良いものか躊躇ってしまったが、彼の物思いは食事のことだけで終わらなかった。
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