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「きゃっ!」
米袋でも担ぐように持ち上げられた鴎花は、咄嗟に身をよじって逃れようとしたが、足を押さえられており、どうにもならない。
男は鼓を叩く要領で、己の顔の脇にある鴎花の尻を撫でた。その際、鴉夷の言葉で卑猥なことでも言ったようだ。一緒に来ていた四人の兵士らは、一斉に下卑た笑い方をした。
そして鴎花を担ぎ上げた彼が更に何かを言うと、二人の兵士がそれに応じて駆けていった。
その様子からこの男は、どうやら高い地位にある者のようだと知れた。
そして彼自身もここを出ていくため踵を返したが、その体の向きを変えたことで鴎花は部屋の中を見渡す恰好になり「あっ!」と声を上げた。
床には無惨に壊された御簾と、先程まで鴎花が腰掛けていた朱塗りの椅子が転がっていた。そして椅子の側には夜着を纏った娘が仔猫のように身を震わせ、声を上げることもできないままこちらを見上げていたのだ。
怯えきった彼女と目があった瞬間、鴎花は男の背中を拳で叩いてしまった。
「待って。そこの娘も……」
「ん?」
「妾の乳姉妹なのです。連れて行くなら一緒に……」
男は鴎花の言っていることを瞬時に理解したようだ。
「アビ」
彼は一緒に来ていた兵士の一人を呼び、目配せをした。すると少し小柄な男が進み出て、椅子の影に隠れていた娘の腕を掴み、引っ張り出した。
しかしその荒っぽい所作に尻込みしてしまった彼女は、連れ出されることに抵抗する。
すると彼は舌打ちを漏らすと同時に、彼女の首筋に手刀を食らわせたのだ。
「て、手荒な真似は……」
「意識を失わせただけだ」
鴎花の抗議に対し、ぶっきらぼうな口調の華語で応じたアビは、ぐったりした娘……雪加の小さな体を乱暴に担いだ。
鴎花もまた、男の肩に担がれたまま表へ出る。
月灯りのない虚空がほんのり赤く見えた。誰かが瑞鳳宮のどこかに火を放ったのかもしれない。
それを証明するように、不快な煙の臭いが鴎花の鼻腔を覆い、次いで凍えるような寒さを覚えた。
年が明けたばかりの冬の夜の風は、夜着しか着ていない身にとっては耐え難いものだったのだ。
鴎花が小さくくしゃみを漏らしたところで、担いでいた男もその着衣の薄さに気付いたらしい。彼は鴎花の足に纏わりついたままだった黒い外套を、もう一度頭から引っ掛け直した。
おかげで鴎花は再び闇の中へと逆戻りし、周囲は全く見えなくなってしまう。
彼はこの後も、鴎花の身体を下ろさぬまま差配を続けた。
おかげで鴎花は夜の間中ずっと、男の体温と汗臭さ、革の鎧が擦れる振動、そして彼と自分自身の鼓動だけをひたすら数えることになったのだ。
外套の向こうでは、理解できない言葉が飛び交っている。人々の悲鳴と叫び声ももちろん混ざっており、それらが掻き立てる不安と恐ろしさに震えつつ、長い夜が明けるのを鴎花はじっと耐え忍んだのだった。
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