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婆さんの尻を触って機嫌の良くなった老人は、幸せそうに酒を飲みながら、ほんのり朱色に染まった頬を弛緩させた。
「お前さんもそろそろ後妻をもらったらどうじゃ。初音は母がおらずとも立派に育っておるが、お前さん自身は寂しいじゃろ」
「そんなことはありませんよ。これでももう四十二ですから、一人寝も苦にならず」
「もったいないのぉ。そんな立派なものをぶら下げておるのに」
老人がケラケラ笑いながら股間を弄ろうとしてくるので、計里は悲鳴を上げて飛びのいた。
「や、やめてください!」
老人に難があるとすれば、この通りやたらと好色である点だ。気を抜くとすぐに卑猥な方へ話を持って行きたがるから、堅物の計里は困ってしまう。
この性癖さえなければもっと高い地位まで登りつめていたであろうに……つくづく残念な御仁である。
「とにかく後妻なんかより、今は政ですよ、政!」
「つまらん男じゃな。一度きりの人生に、おなご以上に大事なことなどあろうか」
「ありますとも! というか、蛮族達の政も大して褒められたものではありませんよね?」
このままでは老人の調子に呑まれてしまうと感じた計里は、かなり強引に話を戻した。
「先ほど市場で求めたこの酒も、枇杷の実も、全て先月より一割増しの値段になっていました。これは蛮族達が木京にある四つの門のうち、一番小さな青龍門以外を閉め切っているせいです。あんな小さな門では、木京に住む三十万人以上の人間が必要とする物資を運び入れられません。彼らは蛮族だけに、経済の仕組みを理解していないのです」
「ふうむ。では、何故彼らは門を開けぬのだと思う?」
ほろ酔いの老人は弟子を指導するかのように、計里自身の口に答えを求めてきた。
「それは華人の反乱を恐れているからです。荷駄に紛れて木京に武器が入り、華人が束になって逆らってきたら、数の少ない鴉威の兵士だけでは制圧できません。故に門を一つにして、積み荷の確認を徹底しています」
「その通りじゃ。彼らは華人を恐れておる」
老人は計里の答えに対し、満足気に頷いた。
「だからこそ、不満分子を炙り出そうと、瑞鳳宮の役人にも罠を仕掛けている可能性は十分にある」
「え……」
「これは女官の悪戯以上の話かもしれないということじゃ。幼い初音が母のみならず父まで失うのでは哀れすぎる。つまらぬ忠義心を振りかざして厄介事に巻き込まれぬよう、くれぐれも自重せよ」
皺の深い瞼の奥で、老人の黒い瞳が重厚な光を放っていた。
ましてや愛娘を引き合いに出されては、計里に反論できようはずがない。
こうして蓮角に相談するまでもなく、計里の翡翠姫救出計画は終わってしまったのである。
***
それなのに五日後の昼過ぎ、計里は翡翠姫と再会を約束した場所へ向かっていた。
敬愛する老師の忠告を無視する格好になったのは心苦しいのだが、この五日間で、計里は翡翠姫の良からぬ噂を耳にしたのだ。
なんでも彼女は蛮族の王のために、自ら厨房に立って料理を作っているのだとか。
それも無理矢理やらされているのではなく、自ら嬉々として買って出たらしいという話で、それが本当なら、皇女の身で蛮族に媚びを売る、許しがたい行為である。
その辺りの真偽を彼女自身に問い質したかったがために来てみた……というのは単なる口実で、計里はやはり、囚われの姫君を助け出し、鵠国の臣として力を尽くすという夢を諦めきれなかったのである。
もしも彼女が本物の皇女であり、それを助けられるなら、しがない下級官吏である計里にとってこれほど名誉なことはない。
だからこそもう一度彼女に会って、本物であるのかを見極めたかったのだ。
果たして、翡翠姫は垣根の影に一人きりで計里を待っていた。
その装いは先日と同じく質素なものであり、化粧も唇に紅を引いただけだったが、美しさは尋常ではない。特にきめ細やかな白い肌は天女のごとくである。
「おぉ、計里。待ちかねたぞ」
計里より先に来ていた彼女は、ひどく興奮した様子で、挨拶もそこそこに話しかけてきた。
「早速じゃが朗報じゃ。蛮族の王は今日の夜、鴉威の全軍を率いて木京を出て行く」
「そうなのですか?!」
「妾は僭王の側にいるだけに、その動きもよく分かるのじゃ」
蔑んだ呼び方でイスカを称した翡翠姫は、自慢げに胸を張った。
「故に今宵は警備が手薄になるはずじゃ。この機に妾を助け出せ」
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