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「へ、陛下! まずは鎧を脱ぎましょう」
どうにかして二階へ行かせないよう、鴎花が必死に提案すると、それもそうだなと頷いたイスカは黒い頭巾を片手で外した。
結っていない、ぼさぼさの短髪が露になる。華人ではありえない髪型だが、精悍な面立ちのイスカにはよく似合っている。
鴎花も矢筒を預かり、更に首の後ろにある革の鎧の結び目を解いてあげようとしたのだが、特殊な結び方をしているのか、なかなか上手くいかない。
イスカは自分の背後にいる鴎花に向かって、焦れったそうな声を上げた。
「おい、わざと時間をかけてるのか? いい度胸だな」
「上手く解けないだけです」
「後ろからやろうとするからいけないんだ。こっちからなら解けるぞ」
イスカは絨毯の上に胡坐をかいて座り込み、鴎花に膝の上に座るように命じた。彼の首を抱くようにして解けと言うのだ。
「……真でございますか?」
「そりゃあ、俺は自分の背中に回り込んで結んだりしていないからな」
「それはそうですが」
でも彼の膝に座ったが最後、イスカの手は目の前にある鴎花の身体を弄ってくるに決まっている。そして、その予想は寸分たりとも外れなかったのだ。
「へ、陛下……少し待ってくださいませ」
「待てない」
「そのようなお戯れをなさると、解けるものも解けません」
「お前が早く解かないから悪い」
「ですから、それができないから申しております!」
しかしどれだけ文句を言われても、イスカの手は鴎花の胸元に入り込むことしか考えていない。
鴎花も彼の行いに流され、妙な声を上げそうになるが、二階にいる雪加からこの光景は見えてしまっているはずだから必死で堪えた。
それにしても解けない。どういう結び方なのだろう。
困り果てていたら、不意に扉が開いた。
アビだ。
少年兵と呼んでも良い幼い顔立ちの彼もまた、黒い頭巾に革の鎧を身につけたままである。
兄が女とじゃれ合っているところを目撃してしまった彼は、一拍の間を置いてから不貞腐れたような顔をした。そして鴎花にも分かるように華語で言ったのだ。
「八哥にどうしても今すぐ会いたいっていう華人の官吏がいるんだ。寛いでるところ悪いけど、来てくれないか」
「……それならここへ呼んでこい。動くのは億劫だ」
鴎花の前ではふざけるものの、イスカはこれでも真面目な君主であり、決して私情を優先することは無い。
異母弟が官吏を呼びに出て行くと、彼は鴎花を手放して立ち上がり、あっさり自分で紐を解いて鎧を脱いだ。
「聞いての通りだ。お前は朝飯の支度をしてくれ。話というのを聞きながら食う」
「承知いたしました」
鴎花はイスカに着替えのための新しい黒衣を手渡しつつ、竹の梯子をそっと外した。
これで二階にいる雪加は降りてこられない。今から誰かがここへ来るなら、いっそのこと着飾った雪加はいない方が気楽だ。彼女とて、いくら心が荒れていても自分の身に危険が及ぶことはするまい。
それから鴎花は七輪を持ち出し、表へ出た。
朝餉は元々粥にしようと準備をしていたのだ。雪加に食べさせるつもりだったが、イスカが食べるなら匙を添え、内容も少し変えようと思う。
こうして鴎花が湯気の立ちのぼる鍋を抱えて家の中に戻る頃には、アビも紺色の長衣を身に纏った華人を連れて戻ってきた。
「あ……」
家の中に入ってきた男の顔を見て、鴎花は目を見張った。
昨日山羊を連れている時に話しかけてきた官吏ではないか。
人が来るというので今日の鴎花は、先程雪加が投げ捨てた銀の簪と面布をつけていたから、彼の方が気付くのは一呼吸遅れたが、それでも鴎花の驚き具合を見て、彼もピンときたようだ。
だが官吏はその話をしている場合ではないと判断したようで、鴎花からすぐに目をそらした。そしてイスカの前に進み出ると膝をつき、手を胸の前で組んで頭を垂れた。
「羽林軍にて軍務に就いております、田計里と申します。卑鮮の身でありながら直問をお許しいただき恐悦に存じます、陛下」
「あぁ、その先の長い口上はいい。悪いが今日はとても聞く気になれない」
イスカはうんざりした様子で制すと「それより俺に話があるそうだな?」と続きを促した。
「はい、昨夜から北の玄武門が開いていることに気付きました。あの門を開いたままにしていただき、木京の民の為の荷駄を入れるのに使わせていただきたいのです」
「荷駄を入れるためなら東の門があるだろう」
「青龍門では足りません。物流が滞っているおかげで木京は食料不足に陥り、物の値段が上がっています」
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