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兄の度量の大きさに感服しつつも、素直に認めたくない反発心もちらほらと。
そんな複雑な感情を弟から読み取ったイスカは、少し低いところにある彼の頭を、被っている頭巾ごと大きな手で掴むように撫でた。
「お前がそうやって心配してくれるのは、ありがたいんだぞ。これからも気付いたことはなんでも言ってくれ」
「やめろよ。そうやってまたガキ扱いして」
「そんなことはない。お前は昨夜の戦いで先陣を切り、長官の首まで刎ねたじゃないか。今回の一番手柄だ。まぁ、勇敢を通り過ぎて、怖いくらいの活躍だったがな」
「あれくらい……鴉威の男なら当然のことだし」
鴎花には二人の交わす鴉威の言葉が分からないけれど、アビが兄の前だとちょっとむくれた少年の顔になり、イスカがそれを優しい目で見守る、その関係は好きだなと思う。鴎花には兄弟がいないから、余計に羨ましい。
「じゃあ、俺は部屋に戻って一眠りしてくるよ」
イスカに遊ばれてしまったせいでクシャクシャになった頭巾を外し、手の中で丸めていたアビだったが、立ち上がった際に、ひょいと鴎花に耳打ちしてきた。
「鴎花に言っといてくれ。いくら下でじゃれてる二人がいても、上で怠けてないで自分の勤めくらい果たしに降りて来いよって」
「……」
鴎花は凍りついてしまって、咄嗟に何も言い返せなかった。
彼は雪加が二階にいることに、大分前から気付いていたのだ。
僅かな物音、息遣いから漏れ伝わってくる人の気配。そういったもので推測されてしまったに違いない。
そして侍女が二階に籠もりっ放しで、主君が一人で食事の支度をする状況を、不自然だと思ったに違いない。
アビはそれ以上のことを言わずに出て行ったが、入れ替わりについて疑われるきっかけを与えてしまったのではないかと鴎花は怯える。
そんな鴎花の側に、イスカはすうっと身を寄せてきた。
「何を言われたんだ?」
「他愛も無いことです」
ここは適当なことを答えれば良かったのだろうが、受けた衝撃が強すぎて頭が回らず、鴎花は笑って誤魔化そうとした。
それがイスカの癇に障ったらしい。
彼は手を伸ばして鴎花の面布を外すと、顔を覗き込んできた。
「ほう。俺に言えない話か」
「ですから、わざわざ申し上げるほどの話では無いと……」
「隠し事をされるのは嫌いなんだがな」
ようやく二人きりに戻った反動で、その態度は少々ねちっこい。
これが先程まで立派な王様であった人の振る舞いか、と苦笑しそうになるが、鴎花は当初の難題にまた向き合わねばならぬことを知った。
そうだ。一刻も早くこの人の気をそらし、その間に雪加を階下へ降ろして、元の女官の装いに戻さねばならない。
そのための助け舟は、家の外から不意に飛び込んでくることになった。母山羊が大きな鳴き声を上げたのだ。
鴎花ははっとして立ち上がる。
「あぁ、山羊の世話を忘れておりました! あの子ったら寝藁が汚れていると、先ほども文句を言っていたのに、私はそのままにして乳搾りだけをしてしまって……すぐに戻りますね、陛下」
「え……お、おい」
突然のことで驚くイスカを残し、鴎花は一目散に表へ飛び出した。
「……俺より山羊か」
鴎花の姿が引き戸の向こうに消えると共に、イスカは憮然としたつぶやきを漏らした。
その言葉が先ほど、雪加が発したものと同じものであるとまでは知る由もないが、突如として手持無沙汰になってしまったイスカは、母の織った絨毯の上へごろりと転がった。
そうすると夜通し駆けてきた疲れが、急にこみ上げてくる。毛織物はイスカが幼い頃から慣れ親しんだ極上の寝床なのだ。
こうして鴎花がそっと戸を開けて戻ってきた時には、賢く勇敢な王様は穏やかな寝息を立て、深い眠りに落ちていたのである。
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