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四章 福寿の花
一.
田計里はイスカの期待に応えた。
預けられた米を惜しみなく的確に市場へ放出することで、値上がりしていた食料の価格を元の水準まで下げることに成功したのだ。
そして玄武門の開放を定期的に行い、この後も食料などが滞りなく木京へ運び入れられるような工夫も提案してきた。
必要なものは自給自足で調達してきた鴉威の民とは違い、彼は経済というものの仕組みをよく知っていたのだ。
イスカは計里の地位を引き上げ、今後も木京の民のために働くよう命じたが、そんな彼は更に思いがけない功績も上げることになった。
懇意にしている老人を紹介したのだ。
「今は隠居の身ながら、政にも宮中のことにも明るい御仁です。少しばかり変わり者ですが、陛下の求めておられる人材には近い気がいたします。お側に置かれてはいかがでしょう」
「ほう、元は何をしていた者なのだ?」
「宦官です」
宦官とは去勢された役人のことだ。
去勢は鵠国において宮刑という名の刑罰の一つであるが、この刑罰を受けると社会的には一人前の男子とみなされなくなる。ただし生殖能力が無いから男子禁制の後宮で働くことだけはできたのだ。
計里の紹介で瑞鳳宮へとやってきた老人は、確かに髭を生やしていない中性的な顔立ちをしていた。
そして計里が言うように変わり者らしい、というのは言葉を交わしてすぐに分かった。
宮廷人としての礼儀はきちんと守ったものの、イスカに名を問われると「ふぉっふぉっふぉっ、名前なんぞ、遥か昔に忘れましたわ。そうですなぁ、この白髪頭ゆえ、白頭翁とでも呼んでくだされ」と答えたのだ。
そんな飄々とした態度ながら、後宮のことや、鵠国のしきたりなど、イスカが今までなんとなく疑問に思っていたことに対しては的確な答えを出してくれる。
法律は文官達でも説明してくれたが、彼らは小難しい言葉で語るだけで、分かりやすくは教えてくれない。ざっくばらんに何でも教えてくれる白頭翁はイスカにとって得難い存在だったのだ。
「お前ほどの博識な者を登用しないとは、鵠国の皇帝の目は節穴か」
「政を行えるのは士大夫のみ。儂のような不具者が表に立つことは許されておりませんのじゃ」
髭の無い顎を撫でながら、白頭翁は仕方ないと笑っているが、恐らく悔しい思いもしてきたのだろうと思う。聞けば、宮刑を受ける前までは、有能な官吏として活躍していたそうだ。
こうしてイスカの話し相手として出仕することになった白頭翁は、まず最初に翡翠姫への目通りを求めてきた。
かつて後宮に勤めていた彼は、皇后の娘である彼女のことも当然知っており、どうしても会いたいと言うのだ。
鵠国の臣下だったならばその希望は当然か、と思ったイスカはある日の午後、白頭翁を浮き島まで連れてきてやることにした。
八仙花が赤や青の華やかな花を咲かせる中での訪問だった。
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