四章 福寿の花

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 この後、雪加が得意顔で語った話は、(にわか)には信じ難い内容だった。  ここ最近の出来事により周囲の者達(恐らく鴎花や田計里のこと)が頼りにならないと悟った彼女は、己の力だけで憎き蛮族達に対抗しようとし、そのための手段を考えたのだそう。  そして鴎花が予想した通り、毒を使うべしとの結論に至り、父から贈られた福寿草の存在を思い出したのだ。  あの植物に毒があることは、乳母の秋沙(チィシャ)から聞いて元々知っていたそうで。 「姫様、この福寿草は絶対に誰かに食べさせてはいけませんよ。いくらお優しい皇帝陛下とはいえ、自分の贈ったもので姫様が誰かを殺めたとあれば、許してくださいません。そんなことをしたら、姫様は今の不自由無い暮らしぶりを全て失うことになるのです」  しかし雪加は、秋沙の言葉を聞くと余計に誰かに福寿草を食べさせてやりたいと思った。  純粋な好奇心と、遊び心ゆえだ。  そして食べさせるなら鴎花にしてやろうとも思っていた。  醜い痘痕面の娘なら、死んだところで誰も悲しまない。だから殺しても良いし、毒草を食べた人間がどんな風になるのか見てみたい。  それでも自分が犯人扱いされるのは嫌なので、雪加は一計を案じた。誰もが福寿草の存在を忘れるように、植木鉢を伽藍宮の裏の大きな木の下に隠したのだ。そして皆の記憶がなくなった頃に鴎花に福寿草を食べさせてやろう、そうすれば死因が福寿草であることにすら誰も気付かないだろう、と考えた。  ところがこの後、雪加自身が隠した植木鉢のことをすっかり忘れてしまったのだ。  そのため今の今まで、植木鉢は宮殿の裏へ放置されたままになっており、年始の変の混乱の中でも破壊されずに済んだ。 「姫様は、私に福寿草を食べさせるおつもりだったのですか」  まさか雪加がそんな恐ろしいことを考えていたとは。  鴎花は絶句したが、雪加は平然と頷いた。 「こんな痘痕だらけの乳姉妹など、美しい妾には相応しゅうない。母上様も見苦しいそなたを嫌っていたではないか。それでも秋沙がどうしてもと言うから、置いてやっていただけじゃ」 「……」 「ふん。それでまぁ、伽藍宮の裏へ行き植木鉢を探し出したものの、時期が終わったのか福寿草はほとんど枯れておったのじゃ。こんなもので毒としての効き目があるか分からぬ故、どうしたものかと考えていた時、山羊の姿が目に入った」  白頭翁の訪問を受け、鴎花が彼女を表に追い出した日のことだ。  山羊は瞼の垂れ下がった、三日月形の目で舐めるように雪加を眺めた挙げ句、無様に唾液を垂らしながら、くちゃくちゃと口を上下に動かして嘲笑ってきた。  気がつけば、雪加は小屋の裏に隠していた植木鉢から福寿草を引っこ抜いて、山羊の口に押し込んでいたのだという。 「あの獣め、何の疑いもなしに食べ切りおったわ。いい気味じゃ。それに福寿草はなくなってしまったが、死んだ山羊を目の当たりにしたそなたの慌てぶりを見ていたら、まだ毒があるように見せかけることはできるのかと気付いてのぉ」 「どうしてそんなことを……?」  全く意味が分からない。雪加が毒を盛ったふりをすることなんかに一体、何の意味があるのか。  鴎花が震える声で尋ねると、雪加はふんと鼻を鳴らした。そして真っ赤な紅を差した唇を大きく歪める。 「決まっておる。そなたが憎いからじゃ」 「え……」 「そうじゃ。醜いそなたは、妾の足元にひれ伏し、地を舐めているのがお似合いではないか。なのに僭王に愛でられたくらいで身の程もわきまえず調子に乗りおってからに……故に、この機に一泡吹かせてやろうと思ったのじゃ」
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