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鴎花が何の迷いもなく言うものだから、イスカはくすぐったそうに口元を緩めた。そんな笑みを見ることに、鴎花はえも言われぬ幸福感を覚える。
「馬にも乗れぬくせに威勢のいいことだ。鴉威までは遠いぞ」
「その日までには乗馬も覚えますよ」
「後宮育ちのお前にできるものか。そうだ。試しに俺に跨ってみろ」
「そ、そのようなはしたないことは致しかねます」
「だが鴉威の馬は気性も荒い。慣れておかぬと痛い目に遭うぞ。ほら、来い」
「へ、陛下?!」
結局、鴎花は彼に導かれるまま、鴉威の荒馬とやらに跨ることになってしまった。
全く……こんな淫らな格好をさせるなんて、この人は意地が悪い。
それでも鴎花はこのところ、床の中での振る舞いが大胆になってきている。
雪加に見張られているという不安が無いせいだ。
小寿は隣室に控えているものの、彼女は侍女としての務めと子育てで疲れ果てており、夜は呼んでも起きてこないくらいに熟睡してしまっている。
だから鴎花はイスカと何の気兼ねもなく、交わることができるのだ。
こうして一晩で二度も彼の寵を受けた鴎花は、さすがにぐったりして寝台の中に倒れ込んだ。
本来ならすぐに夜着を羽織り直し、身だしなみを整えておくべきだろうが、その手間が億劫で堪らない。
イスカもまた、何も身に着けないままごろりと横になった。そして鴎花を抱き寄せ、その頭を自分の腕に乗せると、すっかり脇道へそれてしまった話の続きをする。
「父の葬儀は木京でも行うさ。これでも一応、国王の父親だからな。それなりの礼を尽くさぬと、文官どもが不忠だのなんだのと騒ぎ出すだろ」
それでも無駄が嫌いなイスカは二度も葬儀をあげたくない様子だ。
太い腕の密着したところから伝わってくる、むせ返るような彼の熱を感じながら「ご苦労さまでございます」と鴎花は苦笑を浮かべた。
「だが、そういうものは全部、郭宗との戦に目途が立ってからだな。今すぐにやるべき事じゃない」
「はい」
「ただ、向こうでの葬儀が終わったから、父の妾達が木京へやってくるんだ。華語に不自由な者もいるが、うまく付き合ってやってほしい」
「分かりました。お父上様の奥方様であれば私にとってもお母上様です。皆様が異国の地での暮らしに早く馴染めるよう心を込めてお迎えします」
「うん? それは違うぞ」
鴎花の言葉に、イスカが不思議そうな顔をする。
「母というか……女達は俺の妻になるんだぞ?」
「え?」
思わぬことを言われた鴎花は、思わず寝台から跳ね起きてしまった。
彼が何を言っているのか分からない。
もしかしたらイスカはうっかり華語を間違えただけなのではないか、と疑ってしまったくらいだった。
しかし、彼の説明によると先代の族長が亡くなると、その妻達は自動的に次の族長の妻になるのが通例だという。
「そ、それでは、自分を産んだお母様をも妻にするということなのですか?」
「実母は例外だ。でもアビの母親だって元はと言えば、爺さんの妻だったんだ。それを俺の父が娶ってアビが生まれた」
「え……? じゃあ、彼のお母様は義理の息子に嫁いだということですか?」
目眩がしてきた。イスカは当然のことのように言っているが、それはあまりにおかしいのではないだろうか。
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