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霍書の文言を持ち出すまでもない。
母が子に嫁ぐなんて、華人ではありえないことなのだ。
しかしイスカには鴎花が何故驚いているのかが分からないらしい。
「息子と言っても、血の繋がりはないんだ。問題ないだろ」
「しかし人の倫に外れます」
「なんだと?」
イスカの声が荒くなった。
自分の中で当たり前であるところをおかしいと指摘されたものだから、気に入らないのだ。
しかしこんなおぞましい話、鴎花だって絶対に受け入れられない。
「お父上様の奥方様なら陛下にとって、母上様も同然ではありませんか。母には孝養をつくすべきであり、娶るというのは良くありません」
「では父亡き今、あやつらにはどうやって暮らしていけと? 鴉威はこの国のように、死者へ経を上げるだけの女にタダ飯を食わせる余裕なんて無いんだぞ。俺の子を産むくらいの働きはしてもらわないと養えない」
どうやらこの習慣は、未亡人達の再就職先を確保するという、極めて合理的な意味合いでの婚姻らしい。
これは文化の違いであり、どちらが正しいと断定することのできない案件のようだ、と鴎花は察した。
しかしこんな話を聞いたら、鴎花に限らず、大多数の華人達は嫌悪感を示すだろう。
(ここで私が引き止めないと、この人は『やはり蛮族だ、汚らわしい』と華人達から蔑まれてしまう……)
鴎花はイスカが既に十分むくれた顔をしていたのは分かっていたが、それでも黙っていることはできないと決心し、口を開いた。
もちろん、真正面から咎めるわけにはいかない。彼が少しでも受け入れやすい言い回しを選ぶ。
「ではお尋ねします。陛下は義理のお母上方を妻にしたいほど、好いておられるのですか?」
「うん?」
「好いてもいない方々を側に置くのは、それこそ陛下がいつもおっしゃるように、無駄ではないかと思うのです。ですから母上様方には何か別の処遇を考えるなどしても……」
「……まるで、自分は好かれているからここにいるとでも言わんばかりだな」
イスカは鴎花の言葉を遮るようにして言った。
それはいつになく低い声で、鴎花を押し黙らせるには十分な代物だった。
「俺はお前が翡翠姫だから王妃にしたんだぞ。それを個人的感情に流されるような男だと言われるのは心外だ」
イスカはそう言い捨てるなり鴎花に背を向け、それから朝まで一切振り返ろうとはしなかったのだった。
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