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そして目を見張る。これは……今まで口にしてきたどんな食事よりも美味しいではないか。
お腹が減っているせいなのか、作りたてだからなのか。
軟禁中の今はともかく、鵠国が健在であった頃だって、こんなに感動する料理にはお目にかかったことがない。
しかし美味しいなどと素直に言ってやるのは嫌なので、雪加は敢えてしかめっ面を作り、残りの包子をゆっくりと口の中へと運んだ。
先に食べ終えたアビはそんな雪加をじっと眺めながら、民家の壁にもたれかかった。そしてふぅ、と大きな息をついて、板葺きの屋根の隙間に覗いた青い空を眺める。
「……さっきの話の続きだけどさ、お前を娶るのは八哥の為なんだ」
「うむ?」
「八哥は戦で得た捕虜達を、全員生かしたまま南へ送り返した。でも今までの八哥だったら、そんな生ぬるいことはしなかった。東鷲郡を攻めた時だって、武器を持って歯向かう奴らを皆殺しにしたんだ。それくらいやらないと、鴉威は舐められる。逆らっても殺されないと思えば、華人達はこの先、いくらでも逆らってくるだろう。そうならないためにも、捕虜は殺すべきだった」
情けない話だぜ、とアビは吐き捨てるように言った。
「俺は八哥の果断即決できるところが好きだ。鵠国の宰相を斬り捨てた時のように、逆らう華人の頭には即座に剣を振り下ろす。その威によってこそ、鴉威は生意気な華人どもを治めることができるんだ。なのに今の八哥は華人の顔色を伺うようなことをしている。俺はそんな八哥を見たくない」
「……」
「なぁこの国の王になるためには、天帝の血を引く女が必要なんだよな?」
突然のアビの問いに対し、雪加は何を今更、と眉をしかめつつも頷いた。
「それが天帝との盟約じゃ。人の子らを統べる者が天帝の娘を捧げなければ、この地は天帝の元に戻り、水の中に沈むことになる」
「そうだよな。だとしたら、逆に八哥が翡翠姫ではない女を娶っているのは、いいことなんじゃないかと思ってさ」
「ん?」
「だからさぁ、今の話は逆に言えば、王妃が天帝の娘でなければ、この大地を水没させることができるって話になるだろ。この憎たらしい大地が無くなれば、八哥は鴉威に戻れる。華人達に惑わされることもなくなる。そのためにも俺は、お前が八哥のお手付きになる可能性をきっちり消しておきたいんだ」
「馬鹿馬鹿しい。なんとまどろっこしいことを。それが目的なら妾を殺めれば良いだけであろう」
雪加の指摘に、彼はぷいと唇を尖らせた。そういう時だけは、この男も年相応の幼い表情になる。
「仕方ないだろ。お前は死ぬ気が無いんだから」
おかしなことを言うものだ。
雪加が死なないと決めているから殺せないと?
この男はどうして大嫌いなはずの雪加本人に、生死の決定権を預けてしまっているのだろう。
アビが雪加を大切に思っているわけではないのは、よく知っている。
先程だって、先がどうなっているかも分からない水路へ放り込んだのだ。死んでもいいと思っているからこそできた行為である。
それなのに死なないという雪加の意思を尊重して、面倒な策を弄すこともするなんて……。
「本当に……訳の分からぬ男じゃ」
翡翠饅の最後の欠片を口の中へ押し込みながら、雪加は胸の内から自然に込み上げてきた言葉をそっと呟いた。
そう、まさにその時だったのだ。
大勢の人が行き交う雑踏の中から、蟾蜍が潰れたような、言葉にならない悲鳴が上がったのは。
「雪加姫?!」
「え……??」
「私ですよ。嘴広鸛。分かりませんか? 貴女の許婚です!」
猫背で歩いていた彼は声を震わせ、目深に被っていた編笠を外しながら迫ってきた。
顔の輪郭を描くように生やした無精髭はみすぼらしく、身に纏った着物もボロボロで浮浪者同然のいでたちである。
雪加はその変わり果てた姿に、咄嗟に声も出なかった。
宮中にあってはその美男ぶりをもてはやされていた彼が……鵠国を守る羽林軍の総都督でありながら行方知れずになっていた広鸛が、まさかこんな街の中で突然目の前に現れるなんて、雪加には信じられない思いしか無かったのである。
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