お兄ちゃんの子供になりたい

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 二つ上の兄からの連絡はいまだにメールだ。 「出張で関西に来てる。行けたら今からゴハンでも」  化石みたいなガラケーユーザーの文面はさすがそっけない。兄は五年前に彼女と結婚して、さっさと家を出ていった。それからは会うのは正月と、年に一、二回ぐらい。ちょうどバイトもヒマな時期だったので、私は兄と梅田の居酒屋で会うことにする。 「小説、最近は全然書けてへん。バイト先でも相変わらず浮いていじられてる。そんでなんか、人から愛されるために生きてるみたいなやつがいる。いちいちみんなに愛想振って媚び売って。そいつのことが自分見てるみたいでめっちゃムカつくねん」  管を巻くような甘え方しかできない私の話に、兄は叱るでも諭すでもなく答える。 「そうか。そいつは多分、愛されることがどういうことかわかってへんねんなぁ」  子供の頃、私たちはよくモノポリーで遊んだ。私は負けん気が強い癖にゲームは弱い。自分が不利になると段々機嫌が悪くなる。そんな私をせせら笑いながら打ち負かす兄、というのがいつもの構図だった。ある日、私がついに癇癪を起して派手に泣き出すと、兄はおろおろして「せや。今から、借金多い方が勝ちな」と言い出した。おかげでゲームはむちゃくちゃに掻き回されたのがおかしかった。  兄は夏に生まれた娘の画像をもじもじ見せてきた。鞄から取り出したのは、なんとピカピカのスマホだ。 「全生涯ガラケー教通すて散々言うてたやん」 「せやねんけどな。結菜ちゃんいっぱい撮らなアカンと思って」  私にとっては姪っ子にあたるのだが、一度会ったきりだから正直可愛いとかいう実感に達していない。なんじゃこりゃ。というカンジ。それよりも、猫背になり真剣な目つきで画面をタップしている兄の方が、私には可愛かった。だけどこの人はもう、別の家族がいる父親なのか。私の家族に戻ることは、もう二度と無いのか。「私、お兄ちゃんの子供になりたいんやけど」。今ここでそう言って泣き出してしまえば、いい加減負けが込んでいるこの人生を、またルールを書き換えて掻き回してくれはしないだろうか。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!