須臾の夜

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(蝕ってそういえばまともに見たことないのよね……雨のせいで見えないんだもの……) 彼女の口からため息が漏れる。不可思議那由多の玻璃色が、朧となって、喰まれる様子を幽かなものとしてしか、彼女の網膜に映らないことを、毎度夏が、須臾の夜が来る度に忸怩たる思いをしていた。 とはいえ、数多の玻璃色は、太明を(ぼう)と眺める良い(とばり)と化す。 雨が万華鏡色を照り返している間は、その烈しさが網膜を焼き切る故に、直視することは叶わない。 もっとも、肝心の太明も、その白を万華鏡色にやつしてしまうのも理由の一つだが。 (他の星の蝕は、かなりはっきり見えるって聞いたわ。しかも月影が完全に太陽を隠したり、一回り小さな月影が太陽を横切ったら、太陽が輪っかになるんだって……本当に不思議。太陽が完全に隠れたら、夏なのに暗く(冬に)なって、女神の回す車輪の欠片(一等星)が見えるだなんて) 彼女は烈しい調べの雨音を聞きながら、まだ見ぬ遠い星のことを、うっとりとして思い浮かべる。 他の星は、この星と、理も、気象現象も、降る雨だって違うのだ。 ある星は水の雨 ある星は酸の雨 ある星は玻璃の雨 ある星は(くろがね)の雨 アルマースの涙と呼ばれるそれが、雫となって 様々な調べと共に降り落ちるのはこの星だけなのだ。 彼女の見ている範囲で 一陣の風が吹き ゆうらり、ゆうらりと 玻璃は踊りながら 旋律を ゆうらり、ゆうらりと 絶えず異なる調べで 烈しさと 峻烈を 天に、大地に 唄い上げ 遥か彼方へ こだまして、弾ける
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