番外編:言祝ぐ花に誓う【2】

1/1
105人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ

番外編:言祝ぐ花に誓う【2】

「ロウリィは、結婚式の時のことって覚えてる?」  つい、そんなことを尋ねたくなったのは、やっぱりケフィとの会話が影響していたのだろう。  執務室にいるロウリィの様子を見に来た私は、机の前に並べられた長椅子の一つを陣取って、本日二度目のお茶の時間を満喫していた。  ちなみにこちらはロウリィお手製の薬茶だ。 「結婚式、ですか」  問い返してきたロウリィも、たぶん私と同じように、形式的な儀式の印象以外は存在しないのだろう。 「そうですねぇ……カザリアさんが当然のように馬車に乗りこんできたから、非常に焦った覚えはあります。あとは、馬車の車輪が外されたせいで、行くのに苦労したな、と」 「何それ」 「あれ? 前に話しませんでしたっけ?」  ロウリィは、ほけらと首を傾げる。  近頃、やたらと領主らしく忙しそうにしている彼は、散らばる書類をめくりながら「どうもチュエイルさんに細工されていたようですね」と、ぽやぽやとのたまった。 「いやぁ。あれは困りましたね。本格的に壊れてしまったのが、何もない道のど真ん中でしたし」 「聞いてないわよ、そんなこと」 「まぁ、なんとかなりましたし、今ではいい思い出ですよね?」 「それのどこが、いい思い出なのか、まったくわからないし、同意したくないのだけれど」  呆れて私が肩を落とすと、返って来たのは、なんとも穏やかな表情で――なんとなく誤魔化された気がする私は、口をつぐんで手にした薬茶を飲んだ。この独特の味にも、ずいぶんと慣れたものである。  はあああああ、と何とも楽しくなさそうな溜息を吐いたのは、他でもないルカウトだ。  背筋のぴんと伸びた半身を、ルカウトは器用に折り曲げて、積み重なる分厚い本の上に突っ伏した。 「結婚式? そんなものはどうだっていいのですよ、奥様。なぁーに、一人で優雅にお茶なんか飲んじゃってるんですかねーえ? 何しに来たんですか、あなた。邪魔しに来たんですか、私たちの。そんなにお暇なら、私の仕事の一つや二つに六つや七つ、手伝ってくれたってばちはあたりませんよぉ? 大体。七十年も昔にすたれた祭を復活させる? ホント何言っちゃってるんでしょうねぇ、うちのロウリエは。いくら文献を調べたって、たかが知れているじゃあ、ないですか。なのに、この本の山ときたら! 頭が痛くなってしまいますよ! こんなのロウリエ、一人でやればいいのに。なーんだって、このっ、私がっ、よりにもよって机仕事をしなくちゃならないんですかねーえ!」  息継ぐ間もなく恨み事を吐きながら、ルカウトはぴらりと本のページをつまらなそうに摘みあげる。  対するロウリィはというと、重なる本の隙間から引き抜いた紙に、何かを書きつけながら「まぁ、それならそれで別にいいんですけど」と、のたまった。 「そうなると、ここじゃルカはお役ごめんですかね」  本家に戻っていただくことになりますが、というロウリィの言葉に、ルカウトは思い切り口をひん曲げた。 「まぁーったく、長い付き合いだって言うのに、薄情な奴ですねぇー! しますよ、しますっ! 机仕事でも、机磨きでも『何でもあれ!』ってもんですよ」 「はい、助かります」  ほんやりと答えたロウリィに、ルカウトは「ちっ!」と言葉にして舌打ちをした。  私は黙って薬茶を飲みながら、のんびりと本の記述を書きだしているロウリィと、猛烈な勢いでページをめくりはじめたルカウトを眺めやる。 「ルカ」  たしなめるロウリィに、ルカウトは再び「ちっ!」と声を出した。  本当に二人が揃うと、いつ見ても無駄に仲がよい。 「まぁ、いいですよ」  ルカウトは、気だるそうに紙にペン先を押しつけながら、くるりくるりと円を描いた。 「ケフィたちが、やたらと盛りあがっていましたしねーえ? どちらにせよ、もうそろそろ頃合いでしょう」 「頃合い?」  私とロウリィは顔を見合わせ、首を捻る。  まぁ、見てなさいよ、とでも言いたげに、ルカウトが珍しくも口角をあげたのと、音を立てて執務室の扉が開いたのは、恐らく同じ瞬間だった。 「あ! いらっしゃった! よしっ、では計画通り、侍女組は全員でまず奥様を確保! 領主様のことは、ルカウトさんにお任せしました。頃合いを見て、バノとスタンに迎えに行かせますから、絶対に逃がさないでくださいね」  そう指示を出したケフィを筆頭に、扉の前に集まった使用人たちの異様な雰囲気に圧倒される。 「りょうかーい」  一人、さして驚きもせず、何とも軽い声で応じたルカウトは、早速仕事道具をてきぱきと片付けはじめた。  にやり、と笑ったルカウトと目があう。  声にならない悲鳴をあげた時には、もう遅かった。 「カ、カザリアさん……!」  背の高いルカウトに担ぎ上げられた私は、次の瞬間、侍女組の中心に落とされていた。 「奥様、かくほーっ!」  ケフィの号令と共に、五人に取り押さえられた私は、そのまま執務室から連れ去られたのだ。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!