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辿り着いた場所には、にこにことした顔ぶれが揃っていた。
一目で農民とわかる彼らは嬉しそうにロウリィを案内しはじめる。
にこにことした人たちに、ぽやぽやとしたロウリィが連れて行かれるのを、呆気にとられて見ていたら「奥様も」と言われて手を引っ張られた。
さっきから訳がわからないのだけれど、とりあえず促されるままについて行く。
「見事に霜が降りてないですねぇ。すごい」
「ねぇ、びっくりしましたよぉ!」
農園の地面にびっしりと敷き詰められているのは、藁。
それをどかしてはみんなが「おおう!」と歓声をあげる。
「え、何、どういうこと?」
私の腕を掴んで、ここまで引っ張ってきた女性に問う。
彼女は「いえね」と口を開いた。
「毎年、霜に困っていたんですよ。霜が降りるとね、野菜の葉や根が駄目になってしまって、枯れてしまうんですよ。今年もどうしようかねぇ、とみんなで知恵を絞っていたところに、領主様がやって来て、藁を敷いてみたらどうだろうって。なんでも、もっと寒い地域ではそうしているそうでね。やってみたら、今日うまくいってたから、みんなで喜んでいたんですよ。奥様もありがとうねぇ」
私はぶんぶんと首を横に振った。
だって私は何も知らなかったし、だから何もしていないし。お礼を言われる筋合いもない。
見渡す限り敷き詰められている藁。
その間からひょっこりと小さく芽を出した緑の葉には道端にあったような霜が一欠片もついてはいない。
木だって同じ。根元はしっかりと藁で覆われていて、とても寒そうには見えなかった。
何でも霜は土の湿度が高いとできにくいらしい。
だから敷き藁以外にも、昼間に水を撒くことを徹底してきたんだそうだ。
彼らの努力の結果が、格段と冷え込んだ今日、現れた。
「あ、カザリアさん!」
ロウリィがこちらにぽやぽやと今までになく嬉しそうに笑いながら手を振ってくる。
周りにいる人たちまで、にこにこと手を振ってきた。
もう、これは手を振り返すしか道は残されていないだろう。
あっという間にあれもこれもと持たされて、両手がいっぱいになった。
だから、私、何もできてはいないのに。
その後、同じようにまわった農園でも、次々と感謝の品が増えていった。
この領地は、半数以上が農地だから、領地全体をまわらないにしても、本当にすごい数になってしまう。
結局、最後の最後にまわったところの人が、後でまとめて屋敷に届けてくれることになった。
本当にそのくらいすごかったのだ。
軽く荷台一台分。それも、何とか上に積み上げて、落ちない程度の荷台一台分だ。
「すごいわね……」
積み上がった荷台を見上げて思わず呟いてしまう。これ、全部感謝されて貰っているのだから本当にすごいと思う。
「はい、皆さん頑張っていましたからね。よかったです!」
「いえ、そうじゃなくて……」
隣を見たら、ロウリィはほけっと首を傾げる。
だから、どうしてそうなるのよ!
「『僕が敷き藁を教えてあげたおかげですー』とか言わないの!?」
「えっ、でも、実際に藁を敷いて見守ってきてくれたのは皆さんですしね。僕は何もしていませんよ?」
「ロウリィも藁敷いたって言ってたわよ、みんな。感謝してたわよ!?」
「あー、それは、とてもありがたいことですねぇ」
「私なんか、『領主様がここまで生きていられるのも奥様のおかげですね』って言われた時、『そうなんですよ』って即答したわよ!?」
「いえ、それ、事実ですしね?」
「ついでに夫の愚痴まで聞いてもらって、奥様友達まで、できちゃったんだからっ!」
「えええっ! それは、よかったですね、って喜んでいいところですか? ……カザリアさん、話が見えません」
「ロウリィにそんなこと言われたら終わりよっ!」
ああ、もうこんなこと言いたいわけじゃなかったのに!
だって、ロウリィはいつもと変わらずぽややんと立っているから。
つまり、何が言いたいかっていうと――。
「もうちょっと威張りなさいよね!」
だって、そのくらいのことはしているんだから。
領地中に行き渡らせるのはなかなか大変だってことくらい知っているわよ。それを半年ちょっとでやったならすごいじゃない。
しかも、その少ない期間で、農家の人から問題を聞いて、対策を練って、実行できてるんだから、もっとすごいじゃない。
褒められた分だけ、いい気になったっていいと思うのよ。
「だって、ロウリィがやってきたことが実を結んだんでしょう?」
そう言ってやったら、ロウリィはぽやぽやと笑った。
「けどね、カザリアさん。まだ収穫できてませんよ。冬はまだはじまったばかりですからね。これからもっと寒くなったら、駄目になるかもしれない。だから、嬉しいけど、威張るのはもうちょっと待っておくことにします」
ね? とロウリィは笑う。
それでいいですか? とでも言うように。
そうなると、もう何も言えないじゃないの。
ああああああ、もう、腹が立つわ!
「嬉しいですよ、とっても」
「……霜が降りてなくて?」
「ええ、そうですね」
ロウリィはぽやぽやんと笑う。
蒼い目は本当に細くなって、線みたいになって、隠れてしまった。
私は、はぁと溜息をつく。
乳白色の息は、空に舞い上がって、薄れて消えていく。
動きまわったせいか、屋敷を出た時よりは寒くないのに、消え方はあの時とそっくりだ。
「カザリアさん、このままお散歩にでも行きましょうか?」
「嫌よ、寒いじゃない」
「そうですか、寒いですもんね」
だから、どうして、すぐそこで納得して引き下がるんだ、この夫は。
嫌がらせか。
「嘘よ、いいわよ、散歩くらいつきあってあげますよ。……ちょっとくらいならお祝いしても、いいでしょう?」
だってこの土地では初めて敷き藁をして、そして、初めて成功したんだから。
これから先も上手くいくように願いたいと思うのも嘘ではないから。
何もできなかった分、せめてお祝いくらいはしてあげたいと思うのも、許されるはず――うん、多分許される。
「だから、お祝いのお散歩ね。今回は、よくやりました、ロウリィ」
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