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ー記念日の夜ー
「乾杯!」
ホテルのレストランから直行した、二人行きつけの居酒屋。
真っ青な顔に微笑みを張り付けた彼女――千紘に向けて、ぶどうサワーのグラスを掲げた。
「はい乾杯ー! ちーちゃんも、ほら」
必死に平静を装っている千紘を待っていると、ぎこちない笑顔と共にレモンサワーのグラスが持ち上げられた。30分前のことを気にしているのだろう。
「実、あのさ……」
「唐揚げ、レモンかけるよね?」
「……ウッス」
視線が泳いでいる。仕草ひとつひとつがぎこちない。
俺だけでも普通にしないと――。
「あのさ、レストランで言ったことだけどね。忘れていいから」
「え?」
千紘の定まっていなかった視線が、一瞬でこちらに向いた。
その目はどういう目だろう。
後悔か、焦りか、それとも――。
背広のポケットで居心地が悪そうに佇む箱――先ほど千紘に突き返された婚約指輪へ、落ち着かない指をこっそり触れさせた。
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