私を好きじゃなくても

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 私はずっと藤のことが好きだった。バカみたいにはしゃぐくせに、本当は少し臆病。女子と話すのが苦手で、好きな子が出来ても会話すら出来ない。男子としか話さないし遊ばない。中学の時に一度、藤はゲイなんじゃないかなんて噂を流されたこともあった。  そんな藤にとって、私は特別な存在だと自分で思っていた。他の女子とは関わらない藤が、私とは当然のように話し、一緒にいた。でも自惚れていたわけじゃない。藤が私のことを異性として好きだから、なんて思ったことはない。 ―――千佳は男友達みたいなもんだから そう、藤本人から烙印を押されている。私だってそう思っていた。でも藤のそばにいられるのならそれでも良かった。 ―――河合さんって、めちゃくちゃ可愛いよな  高校三年生。私としおりはクラスが分かれ、藤としおりが同じクラスになった。部活終わりの帰り道、自転車を並べて走りながら藤がそう言った。こういう発言をするのは別に初めてではなかった。小学生の頃から、一応藤も人並みには女子をそういう目で見ていたことを知っている。その度に軽い痛みを覚えはするけれど、全て藤の片思いで終わっていくことも分かっていた。まして、今回はしおりだ。今まで藤が好きになってきた歴代の女子とは、言っちゃ悪いけれど格が違う。しおりの口から藤の名前を聞いたこともない。高校生活最後の恋は、今までで一番不毛だな。そう、高をくくっていた。  卒業式の後、教室で写真を撮ったり寄せ書きをしたりしていた時、藤としおりのクラスの男子が大騒ぎしながらうちのクラスに入って来た。 ―――河合さんが、藤井と二人で写真撮りたいって言ってる! 教室内がざわつく。ざわついたのは、私の心も同じ。藤が、言ったんじゃない。しおりから言った。それが何を意味するのか分からない程、私もバカじゃない。  しおりから藤のメールアドレスを聞かれた時、私はうまく笑えていたか分からない。その時初めてしおりは自分の藤に対する思いを口にした。 ―――あいつ、バカだけどすごく良い奴だから 私の方が藤のことを知っている。そんな気持ちが、少なからずこもっていたと思う。  そして数日後、家に遊びに来たしおりが言う。 ―――藤井くんと、付き合うことになった。 本当は、笑って‘おめでとう’と言いたかった。しおりは私の一番好きな友達。藤は私の好きな人。しおりとずっと仲良くしていたい。藤のそばにずっといたい。でも私は、しおりと藤が一緒にいる所を、きっと笑って見守ることが出来ない。想像するだけで心が千切れそうだった。どうして。どうして。どうして。しおりなら、藤じゃなくても付き合える。どうして、よりによって藤だったのだろう。私の方が、ずっと昔から藤のことを見ていたのに。私の方がずっと藤のことを知っているのに。そんな気持ちが吹き溢れるように、私は初めてしおりの前で泣いてしまった。 ―――‘おめでとう’って言えない。 もう、心の中にしまっておくことは無理だった。たぶんどこかで、藤はいつか私の所に来てくれるんじゃないかと期待していた。藤が私じゃない誰かを好きになっても、必ずその恋は叶わずに終わっていく。例えそれが恋愛感情じゃないとしても、私だけが藤のそばにいられる女の子なのだと。そんなバカみたいな自信が少なからずあった。それが、とても恥ずかしい。自分の気持ちを伝える勇気もなかったくせに。しおりは自分から踏み出した。私とは違う。でも、きっともう一緒にはいられない。 ―――千佳、ちゃん しおりはそう呟くように私を呼んだだけ。謝らなかった。しおりも、私も。だって誰も悪くない。でも、もうここで終わり。しおりと一緒にいることは出来ない。  しおりと会うことはなくなっても、藤とはよく顔を合わせた。家は近所だし、大学に向かうまでの駅も電車も同じ。 ―――しおりと花火行くんだけどさ。手繋いだら気持ち悪いと思う? 付き合って四ヶ月経つくせに、まだ手すら繋げていない。無神経に恋愛相談をしてくる藤に呆れつつも、こんなバカと付き合うしおりに同情した。 ―――今度しおりの家、遊びに行くことになった。どうしよう。 逐一そんなことを聞かされる私の身にもなって欲しい。付き合っても藤は奥手のまま。彼女であるしおりにも緊張してしまう。緊張して、テンパって、しおりとうまく接することが出来ない。そんなもどかしさからなのか、藤はしおりと会う回数を減らしていっているように見えた。 ―――好き過ぎて、しんどい そう藤は言った。そんな気持ちを、藤はきっとほんの少しもしおりに伝えていない。‘好き過ぎてしんどい’から距離を置く藤。しおりはきっと、藤が自分から離れていくことに苦しんでいるだけ。しおりは聞かない。藤に、離れていく理由を聞くことは出来ない。  二人が付き合って一年が過ぎた頃、久しぶりに駅で会った藤は情けなく笑いながらしおりと別れたと言った。 ―――なんで?! ―――やっぱり俺じゃダメだったんだよ ―――しおりは、なんて? ―――‘分かった’って笑ってた バカな藤は、それがしおりの精一杯の強がりだということに気付かない。しおりの気持ちがその程度だったのだと勝手に傷付いたような顔をする。二人が付き合うことがあんなにも嫌で苦しかったのに、別れたと聞いて腹が立った。でも私は何もしなかった。しおりに連絡をすることも、藤にもう一度頑張れということも、何もしなかった。  その後藤は何かふっきれたように、すぐに次の彼女を作りあっさりと童貞を卒業していた。好き過ぎてしんどくて何も出来なかったのがしおりなら、簡単に触れられてしまうその彼女は一体何なのか。その矛盾に藤は気付いていない。  私も私で、藤への思いを拗らせたまま時を重ねた。これ以上近付くことはないけれど、離れることもない。藤は、私を信頼していた。完璧な女友達として、私は藤のそばに居続ける。決して隣ではない。隣には、立てない。
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