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 一週間前に梅雨入りし、連日雨が降っていた。シトシト降ったりザーザー降ったり、毎日音を変えて湿気とともに空からやって来ては、わたしの気分を下げていく。  雨は嫌いだ。理由は至極単純で、傘という手荷物が増えるから。女子はただでさえ荷物が多いのに、そこに人一人を頭から守ってくれる屋根を持ち歩かねばならないなんて、何の修行? って感じ。しかもましてや今日みたいに、登校するときは雨が降っていて帰る時には止んでいる日には、ドラえもんの道具で傘を手のひらサイズにしてポケットに入れたい衝動に駆られる。  要するに邪魔なのだ。雨に伴って付いてくる傘が。  それなのにわたしは今日、遠回りをして帰っている。特に理由はない。しいて言えば、電車を降りた時に虹が見えたからだ。大きくハッキリと空に半円を描いて浮かんでいる虹。同じ駅で降りた人たちはスマートフォンをかざしてそれを収めようとカシャカシャ撮影していた。わたしはその様子を横目に、真っ直ぐ歩いた。右手にカバン、左手に水色の傘。そこに行って何をするとか、そういうことは考えていなかった。ただ、吸い寄せられるように虹の端を目指して、歩いていた。  大きな水たまりは避け、小さな水たまりは静かに踏んで見慣れない道をひたすら歩く。虹との距離は縮まらない。まるで磁石のS極とS極、もしくはN極とN極みたいだ。決して近付くことのない両者。  ふと前に大きな公園が見えた。敷地内にはブランコとシーソーのみが設置された、だだっ広い公園。遊具の反対側には屋根の付いたテーブルと椅子が置かれている。ピクニック用かな?  そこに一人の男の子が座っていた。両耳に白いワイヤレスイヤホンを着けて、何かを聴いている。同じクラスの仁藤(にとう)君だ。彼は教室でもああしてイヤホンで何かを聴いていた。どのクラスにも一人は話し掛けるなオーラを放つ人がいると思うが、わたしのクラスではそれが仁藤君だった。休み時間も休憩時間も教室移動もいつも一人行動で、謎の多い同級生である。わたしは虹の端を目指すのを一旦やめて、公園内に入った。ゆっくりと彼の元へ近付き、肩を叩く。 「何してるの?」  彼は小さく肩を震わせてわたしを振り返った。空気がジメジメしているにもかかわらず、仁藤君の髪は美容院帰りのようにサラサラしている。 「え、あ、松浦さん……」  仁藤君は右耳のイヤホンを外して、「何?」と首を傾げた。わたしはもう一度「何してるの?」と問う。 「何って……これを聴いてた」  外したイヤホンをわたしに差し出した。あ、聴かせてくれるんだ。わたしは仁藤君の隣に腰掛けて、イヤホンを右耳に装着した。どんな音楽を聴いてるんだろう。案外ロックとか?
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