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屋敷に帰り着いた頃にはもう、すっかり夜も更けていた。まずは、母屋に久仁子を迎えに行かなくてはならない。芳明が行くまで、登美子は久仁子を離そうとしない。
運転手に礼を言って、母屋の玄関扉を開く。
奥に続く廊下を見て、芳明は言葉を失った。使用人が集まって、並んでいる。
「おめでとうございます」
示し合わせたように、皆が揃って頭を下げた。
何事が起こったのだろうか。芳明が戸惑っていると、頬を紅潮させた登美子と、満面の笑顔を湛えた孝芳とが、抱きつかんばかりの勢いで手を取った。
「芳明、お前、年の瀬には父親になるのだぞ」
孝芳の言葉が理解できず、はにかんだ笑顔の久仁子に目をやる。久仁子の白い手が、優しくお腹の上に重ねられていた。
「子供?」
長月侯爵夫人の言葉を思い出した。
「お医者様に診て頂きましたの。産み月は十月だろうと」
芳明は久仁子の元に歩み寄った。周りからは好意に満ちた、目出度い雰囲気が読み取れる。
芳明は恐る恐る、久仁子のお腹に手を当てた。不思議な気持ちだった。ここに、小さな命が息づいているのだ。
久仁子の顔を見る。今まで見た中で最も美しく、輝いていた。
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