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祝言は、芳明の二十四歳の誕生日に行われた。まだ、残暑の厳しい、九月八日のことである。
地面を叩きつけるような、涼し気な音が耳を刺激する。芳明は微睡みの中で、雨音を聞いていた。
昨日までの暑さはどこへやら、雨が地面から熱を奪っているらしい。布団から出た肩が肌寒い。
人の気配を感じて、芳明は目を開けた。
「あら」
少女の、戸惑った声が聞こえた。
「おはよう」
芳明が声を掛けると、顔を覗き込んでいたらしい久仁子は、着物の袖で口元を隠し、薄暗い室内でも分かるほど、顔を赤く染めた。
「おはようございます。
失礼致しました。旦那様のお召し物を持って参りましたの」
それだけ言うと、寝室を出ていった。
時計は六時を指している。
芳明は寝室を見渡した。
留学中に、孝芳が用意してくれた洋館で、新婚生活は始まった。自宅とはいえ、芳明も住み始めたばかりで、見覚えのない光景に等しい。
芳明が寝ている寝台の枕元に、黒い着物が揃えられている。
手を伸ばしながら体を起こして、芳明は自分が、布団を被っているだけの裸であることに気付いた。
「あぁ、当たり前か」
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