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 「今日は、奥様はどうなさいましたの? お珍しいわ。社交界一の愛妻家の地位を、その若さで得たような方が」 「体の調子が良くないようで」 「おめでたではございませんの?」  芳明は正直驚いた。そんな当たり前のことを、全く考えていなかったのだ。 「違うとは思いますが」 「殿方は、鈍感ですからね。お母様にご相談なさったらよろしいわ」 「そう致します」  生真面目に答えると、長月侯爵夫人は苦笑した。 「こちらにお出でだったのだね」  地から響くような声が聞こえた。声の主は、シルクハットの似合いそうな、面長の紳士。長月侯爵である。  一人ではない。背の高い紳士を伴っている。 「どうしても、芳明君に会わせたい方がいてね。漸くお出でになったのだよ。  松澤伯爵の弟君、俊紀(としのり)君だ。  彼も仏蘭西に留学していたから、良い話し相手になると思ってね」  松澤伯爵とは面識があった。葉巻の似合う気障な洒落者で、四十前後に見えた。  俊紀は、三十を超えた位だろうか。神経質に見える一重の目、白い肌。あまり表情は崩さず、冷たい印象を与えた。 「有間芳明です」  俊紀は、人差し指で眼鏡を押し上げると、品の良い笑顔を見せた。
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