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涼し気な口調で語るが、婦人の言うことを、社員が聞くかどうかが問題ではなかろうか。
「社員も、兄がどんな人間かを知っています。義姉がどんなに立派な人かも。
唯一、兄の手柄は、義姉との婚姻でしょうね。両親の決めたことではありますが」
この時代、特権階級である華族が事業を始めるのは、勇気のいることであった。財産を失った華族は、親族の世話になって生きている例が多い。
厳しい風に身を晒した経験のない、やんごとなき育ちの者が多い為、詐欺師の口車に乗って、借財を増やされるよりは、暮らしの面倒を見るほうが、親族にとってもまだましだったのだ。
第一に、成功するとは限らないのだから、誰も彼もが手を出せるわけもない。
梅園を歩きながら、俊紀は饒舌だった。初対面時の、冷たい印象を払拭させるほどに。
「有間様、奥様はご一緒ではないのですか?」
突然、思い出したように、俊紀は言った。
「この頃体調が良くないようなのです。
私が一人で外に出ると、妻を独り占めできるので、母の機嫌が良いのです。
私は体よく追い出されたようなものです」
楽しそうに、俊紀は声をたてて笑った。
「松澤様は? 奥様は」
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