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久仁子の悪阻は重く、芳明は男の無力さを日々、噛み締めざるを得なかった。
毎日、見る度に頬の肉が削げていく。食事を口に近づけることさえ辛いらしいが、お腹の子の為と無理をしている姿など、痛ましい以外の何物でもない。
少しでも力になれるなら。と、芳明は勤めの帰りに、果物を買って帰ることも度々であった。爽やかな香りのする果物ならば、久仁子も笑みを浮かべて口にしてくれるからである。
「久仁子さんは?」
芳明の休日に、登美子が現れた。どうやら登美子は、久仁子の様子と、お腹の中の孫が気になって仕方がないらしい。
「久仁子は休んでいますよ」
「そう。お昼寝は必要だわ。少なくとも、眠っている間は、悪阻の苦しみから開放されますからね」
登美子は、頷きながら、納得している。その姿が、若い芳明には頼もしく見え、胸に支えたままの苦しみを吐き出す決心をさせた。
「実は、お母様に伺いたいのですが」
登美子を居間に通すと、妊娠を知らされて以来、いつも心の隅に存在していた疑問を、芳明はとうとう口にした。
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