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渡仏前に何度か顔を出した社交界を思い出せば、噂がどこまで本当であるかは疑わしい。一見、淑やかそうな令嬢達から向けられた視線に、たじろいだことも、一度や二度ではない。
ただ、一度だけ会った大杉男爵夫人を思い出せば、芳明の心には、期待が湧き上がるのも事実であった。
慎ましやかで、優しい雰囲気だったと記憶している。そんな夫人に躾けられたのであれば。と。
三人は無言でありながら、気もそぞろなのが伺われた。
久しぶりの日本を楽しむ間もなく、祝言は間近である。一日も早く嫁を。と、周りが望むのも仕方はない。
子爵家の長子として、当然の義務と思われた。
そして、どんな婦人であろうと、両親の決めた相手と結ばれることも。最も大切なのは二人の感情ではなく、両家の繁栄なのだから。
それでも密かに、期待がある。一緒に花を愛で、共に感動できる相手であって欲しいと。どんな時にも、隣で優しく微笑んでくれる人であって欲しいと。
大杉男爵家の門が見え、今まで激しく打っていた心臓が落ち着き始めた。これ以上考えても始まりはしない。かくなる上は覚悟を決めて、どんな婦人であろうと、自ら歩み寄ろうと考えながら車を降りた。
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