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無理だ、ヘンゼルは目を伏せた。無理に決まっている。
翌朝には、眠りながら狼の腹の中に収まっているかもしれない。熊の爪に、四つに裂かれているかもしれない。寒さに凍えて、寄り添ったまま朽ちるかもしれない。飢えて、枯れ枝のようになって、互いの少ない肉を見つめ、欲しながら死んでいるかもしれない。
最悪のパターンなら、いくらでも。ヘンゼルの胸はかしましい。
「お兄様」
苦しげに、グレーテルが小さな声で言う。ヘンゼルはその顔を覗き込んだ。
「どうした、グレーテル」
「お腹が空きました」
ちぎったパンは小鳥の腹の中に。暗い森は、木の実ひとつすら二人に与えてくれない。
「そうか……」
ヘンゼルは苦々しく頷く。足元に咲く花。名前も知らないその花の蜜で、腹が満たせるわけもない。
「歩けるかい、グレーテル」
「……はい、お兄様」
貧しい家だった。食べ物も、質素というには貧相すぎる、豆のスープや渇いたパンばかりだった。けれど、それすら今はない。もともと細身だった二人の身体は、痩せてみっともないほどだった。木に引っ掛けて破れかけたスカートの影で、グレーテルの骨張った脚が震えている。ヘンゼルは足を止めた。
「少し休もう」
「はい、お兄様」
従順なグレーテルは頷き、繋いだ手を離し足元の枝を拾い始めた。今夜の拠点はここだ。火を焚いて、出来うる限りの暖を取って、二人寄り添って眠るのだ。
グレーテルがスカートの上に集めた木の枝を、ヘンゼルは一掴み取る。残り三本のマッチを、憂鬱げに擦った。
ぼっ、と音が立つ。赤い炎が起こる。それをグレーテルが足元にまとめた木の枝の山に置くと、枝たちは静かに燃え始めた。
「明るいですねぇ」
グレーテルは、火が好きだ。否、星を見上げて祈るのがこの子供の習慣だったから、光るものが好きなのかもしれない。
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