今日から、きょうだい

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「実は……、お父さん、結婚したい人がいるんだ」  ──っと。  ちょっと待って下さい。  そんな話聞いてないんですけど。  今日は、一週間前から予約を入れた美味しいと評判のレストランでの、父と息子の久しぶりの落ち着いた夕飯を楽しみにしていたのに。  おふくろは僕が幼稚園児の時に病気で亡くなった。それ以来、オヤジは男手一つで僕を育ててくれた。会社に行く前に早起きして慣れない手つきで僕のお弁当と朝ご飯を作り、帰ってきたら夕食を準備する。それから、夜遅くまで家に持ち帰った仕事を片付けてから寝る。中学生になって、僕が一通りなんでも出来る様になっても、昼の弁当と朝晩の食事の準備はオヤジの仕事だった。  そんなこんなで、朝も夜も、食事は落ち着いて食べた事なんか一度もなかった。  そんなオヤジが、一週間前に突然僕に声をかけて来た。 「信也、どうだ、久しぶりに外食でもしてみないか? たまには外でゆっくり食事でもしようじゃないか。お父さん、たまにはお前の高校生活の話しても聞きたいな」  そんな事を言って、半ば強引に僕をさそって来たんだ。その結果が、これかよ。まったく、今どきのオヤジは何考えているんだか……  僕は、頭の中でつらつらと考えながら、目の前の高級そうなステーキをナイフとフォークを起用に使って切り分けていた。オヤジ、カミングアウトするタイミング、悪すぎだよ。こんなタイミングで言っても意識の半分以上はステーキの匂いと色合いに持ってかれて、耳なんか休眠状態だよ。 「べ、べつに……」  とりあえず、目の前のグラム当たりの値段が怖くて聞けないステーキを一口頬張って、口のなかで溶けていくのを確認してから、僕は言葉を続けた。 「オヤジも苦労してきたの知ってるし。オレももう高校生だからさ。そろそろオヤジの好きな人と一緒になれば良いんじゃない?」 「そうか、ありがとうな」  オヤジは僕の言葉を聞いて安心したのか、手元のワインを一口飲んでから僕の顔をまじまじと見ながら話を続けた。 「実はな、その結婚相手の女性には娘さんがいるんだよ」  そこで言葉を切ると、アルコールの力を借りるかのようにワインをもう一口口に含んだ。 「しかも、彼女はお前と同じ高校生なんだ。だからな……、お前が嫌なら、この話は無かったことにしようか?」  オヤジは少し寂しそうに僕に向かって視線を泳がせながら聞いて来た。  何を言うんだよオヤジ、僕はそんなことぐらいで驚いたりしないさ。逆に女子高生と義兄妹になれるのなら、こんなにうれしい事はないじゃないか。  彼女いない歴イコール実年齢な僕に、同じ世代の女性と親しくなれるチャンスが現れたと考えれば、こんなにラッキーなことはない。神は僕を見捨てなかったという事さ。 「大丈夫だよオヤジ。オレだってもう大人なんだから、ちゃんと大人の対応をするよ。だから安心して結婚しなよ」  僕は少し浮かれるようにオヤジに返事を返してから、ブドウジュースでステーキの付け合わせを胃袋に流し込んだ。  * * * 「神崎君! ほら、また提出プリント忘れたでしょう。アナタが忘れるとクラス全体の印象が悪くなるのだから気を付けてちょうだいね」  このクラスの委員長である西山さんは、いつもハキハキ・テキパキしている切れ者な女子だ。僕は父親に育てられたし、もともとおっとりした性格も相まって、忘れ物が多くていつも彼女の標的になっていた。  彼女のいう事はいつも正しいし、彼女のように行動出来たら良いのだけれども、僕はとてもじゃないけど彼女のまねが出来ないから、どうしても彼女を見ると、また何か小言を言われるんじゃないかと思ってビクビクしてしまうんだ。  僕は慌ててバッグのなかから昨日頑張って忘れないように持ってきたプリントを探し出した。そしてそれから、そのプリントを職員室に持っていこうとすると、それに気が付いた西山さんが僕の所に近づいて来たので僕は一瞬びびった。 「ななに、西山さん。オレ、別に悪い事してないよ。ほら、これからプリント出しに行くんだ」 「分かってるって、神崎君。私も一緒に行って、神崎君と先生に謝るわよ。なんたって、クラス委員長だからさ」  ピンクフレームの眼鏡をググっと人差し指で戻しながら、僕を睨みつけるようなまなざしを向けて彼女が近づいて来る。彼女の良くブラッシングされた長い髪の毛からぷーんとリンスの良い匂いが漂ってくるけど、僕は彼女の迫力にたじたじになっていた。  * * * 「良かったね、神崎君。二人で謝ったから、流石にあの先生でも今回はお咎めなしになったしね。今日提出しなかったら、どんな課題が追加されたか、わかったもんじゃないわ」  西山さんは、そう言いながら僕にしきりに話しかけてくれるのだが、僕は早く彼女から離れたくて教室への歩みを速めていた。  教室に戻ると、既に誰も残っていなかった。僕は早々とバッグを取り出して教室を出ようとすると、後ろから彼女がハッキリとして声で僕の行動を妨げる。 「神崎君、ちょっとまってよ。君のために残ってたんだから一緒に帰りましょう? か弱い乙女を一人にしたら、男が廃るわよ!」  ぜったい、違う。西山さんは、か弱い乙女なんかじゃなくて、戦乙女だ、と僕は心の中で叫んだ。  僕はイヤイヤ彼女の帰り支度を待ってから、二人で学校を出た。  そー言えば、僕は彼女の自宅を知らない。  このまま、早く分かれてしまえ。 「そーいえば、西山さんって、どっちの方角に住んでるの?」  僕は早く別れたい一心で、彼女に尋ねた。 「えー。乙女の住所いきなり聞いちゃうんだ。神崎君て以外と大胆なんだね」  彼女は、含み笑いをしながら僕を上目遣いに覗き込む。  えー、なんなんだ、彼女は。何を考えているんだ。  僕には、こんな怖い女性をどうにかしようなんて気持ち100%無いのに。 「いいや、そんなつもりじゃなくて。ただ、ほら、同じ方角なら途中まで送っていけるからさ。もう、夜も遅いしさ」  僕は、おどおどしながら彼女の会話に応えた。 「気にしなくても大丈夫だよ。だって、今日から君の家が私の家でもあるんだもの」  彼女は真っすぐ前を見つめるようにしながら、僕の考えの及ばないような言葉を紡ぎだした。  え? 何それ。  僕は彼女の口から出て来る言葉が理解出来なかった。  ──今日から僕の家が彼女の家?…… 「そーだよ。私のお母さんは、君のお父さんと結婚するんでしょ。だから、今日からお母さんと私は君の家に住むんだって。お父さんから聞いてない?」  彼女の言葉を聞いて固まってしまった僕に向かって、彼女は不思議そうにつぶやいた。 「それって、もしかして、ボクと西山さんが兄妹になるってこと?」 「そうだよ、君と私はこれから義姉弟になるんだよ。よろしくね」  そう言って、彼女はにこやかに、真実を知って青ざめている僕に向かって、綺麗ですべすべした右手を差し出した。 (了)
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