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Prologue【1】
……ボーン——ボーン——ボーン……。
どこからか、時計の音が聞こえた気がした。心臓の音にも聞こえる、重く腹に低く沈むような音。
波打つ海面から顔を出し、気のせいだと女は考えた。ここは屋外。時計の鐘などあるはずがない。
息を整え、ずぶ濡れの体で浜の砂を踏みしめた女は、人のいない浜辺に上陸した。
見えるのは、幻想的な美しい夜の海岸線。月明かりが厳粛に降り注ぐ、小さな島。
ここは既に敵地。所持する小銃のビニールを破き、負い紐で肩に掛けた女は周囲を警戒し、闇の先に意識を集中する。
見えるのは、浜辺を取り囲むように生えた林と、その手前にある護岸。
その護岸の向こうから、巡察であろう人間の兵士が、ライトを照らしてこちらに近づいてくる。
事前に調べたルーティンの通りだった。かなりの距離があるためか、まだ気付かれてはいない。
女は近くの岩場に身を隠し、両手足のフィンやシュノーケルといった装備を取り外して、息を潜めた。
足音が徐々に近づいてくる。敵は2人。小銃と鉄帽で武装している。
女は呼吸を整えて気配を消し、その場でやり過ごすことに決めた。隠れる岩の真向かいで足音が止まり、岩場を照らすライトが彼女の頭上を行き交う。
「デルタ、こちらブラボー。海岸、異常なし。送れ」
無線機で巡察の兵士は、何の緊張感も感じさせない声で報告し、踵を返していった。
まるで素人だと思った。
女は音を立てないように岩場の影から身を乗り出すと、腰の鞘から銃剣を抜き取って、一気にその背中に近づいた。
最初のターゲットは自分から見て近い方の男。恰幅の良いその背中に飛び掛かると、口元を押さえて一気に喉を引き裂く。
パッと赤い鮮血が舞った。手の中で呻き声を上げて、兵士は崩れ落ちる。
前を歩く兵士が、何事か振り返る。それと同時に先に女は死体を放り捨て、素早くその懐に飛び込んだ。
撃たせる前に空いた手で敵の小銃を掴み上げ、銃身を振って横っ腹を殴打。5キロはある鉄塊を腹部に打ち込まれて、兵士はうめき声を上げて地面に倒れた。
そのまま奪った小銃を放り捨てると、女はその体の上に素早くのしかかった。両足で敵の両腕を固定し、左手で顎を上向きに押し上げて、動きを拘束する。
反射的に兵士は抵抗しようとするが、女がその喉元に銃剣の刃を押し当てた瞬間に、凍りついたように動きを止めた。
「マグライアー博士の居場所を教えろ」
海から吹き付ける風に負けないように、耳元で女は言った。若い兵士の瞳には涙が浮かんでいる。何が何だかわかってないのだろう。
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