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明け方の駅前広場。モヤ掛かる透明感のある空気。朝日の照り返しが俺達に帰れと言い出した。
「もう夜も明けたね」
女の先輩がそう言った。
「今日も有意義な議論の場となった。来週の金曜も同じように皆んなでここに集合だ。それでは解散」
各々が地面から立ち上がってゆく。背の高い先輩がポツリと言葉を漏らした。
「結局来なかったね涼太」
「兄弟について涼太の意見も聞いてみたかったな私。あいつ俊太のこと裏で相当可愛がってるからね、言葉に出さないだけで。そのことを俊太もちゃんと自覚しなよ。まあさっきの話し聞く限り俊太はちゃんと自覚してるか」
この場を取り仕切っていた先輩が空きペットボトルと空き缶をゴミ箱へ片付け始める。その場の皆も一緒にそれを手伝う。
強面の先輩が菓子の空き袋をゴミ箱に捨てながらこう言った。
「それにしても今日の議題は不思議な話が多かったよな、兄弟姉妹なんてさ普段気にも留めない存在だし、あっちはこちら側をどう思っているかなんて聞いたこともないしさ。結局は一番の理解者に近い存在なのかもしれないな、親以上に年齢の近い血を分けた存在。価値観や物の見方だって父親母親よりは俺ら側に近いわけだろ、兄弟姉妹って本当に不思議な存在。俺弟いて本当に良かったなって今日改めて思ったな、あっちもそう思ってくれてたら嬉しいけど」
駅前公園内を散り散りに解散するいつものメンバー達。
頭上を見上げると真っ青な青空と申し訳程度に白い雲。
快晴の今日は土曜日。学校は休みで、部活動に所属していない俺は本物の休日を過ごすことができる。
アスファルトを駆け出す俺の右足。あとから左足がついてくる。それを交互に行うことによって俺は自分の身体で走ることができる。
休日の今日。サラリーマン達の姿は少なげ。社会に出て日々働いている人達。俺も数年後にはこの人達みたいに働くことになる。
要領が良いことで有名な俺。物覚えも早い方で任された仕事はテキパキとこなす。先輩方からのお遣いなんて朝飯前さ。この俺にかかればね。
自宅に戻った俺はスマホに充電ケーブルを差し込む。
充電切れで電源OFF状態になっていたスマホ画面を電源ボタン長押しで起動させる。
母親からの着信があった知らせ。
父親からの着信があった知らせ。
その他にメッセージ欄には二つのメッセージが投稿されていた。
『涼太が交通事故に遭い病院に搬送されました。至急連絡下さい』
——その下のメッセージ欄を見て俺の心臓は高鳴った。そして静かに押し潰された。
『今亡くなりました』
俺は膝の力が抜けその場にペタンと座り込んだ。
兄貴が。死んだ。
血を分けた兄弟である兄貴が。交通事故で死んだ。
『今夜八時に集合な』
兄貴の肉声を聞いたのはこれが最後だった。俺はその兄貴の電話越しの言葉に返事も返さず、通話を切ったのを今でも覚えている。
もう生きている兄貴の姿を確認することのできない事実。ヒトからモノへと変貌したということも事実。十六年間。あっちは十七年間。同じ屋根の下で生活していたということも事実。
生き別れではなく死に別れ。生き別れの方が何倍もマシだ。この場合。
昨日の夜八時に駅前広場に来なかった兄貴。今夜八時に集合なって言ったのは兄貴の方なのに。言った本人は来ないという少し滑ってる滑稽なギャグ。
亡くなった——この世から消えた——これから先も出会える確率はかなり低い。この場合。
俺は兄貴のことを少しだけ恨んだ。
少しだけ目を閉じてベッドに潜り込み俺はそのまま不貞寝した。
恨まれることを兄貴は確実にした。実の弟から恨まれることを。
ありがとうって面と向かって言うのは照れくさいけどさ。今だけは自分に素直になろうかと思う。嘘偽りなく自分の想いを言葉で述べてみようかと思う。
なあ兄貴、この場ではありがとうだなんて死んでも言わないよ。
語弊があるようで悪いけどさ、死んでくれてありがとう。死んで俺に兄貴のありがたみを分らせてくれてありがとう。この場合はさ、死んでくれてありがとう。俺さ、今少し感傷的な気分。
なあ兄貴。要領の良い俺はさ、こんな言葉を言えたりもするよ。
俺の兄貴でいてくれて本当にありがとう——。
本当にありがとうございました。
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