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『今夜八時に集合な』  兄貴の言葉を聞いたのはそれが最後になった。  ガードレールをカッコよくまたぐつもりが、足を引っ掛けて盛大に転ぶ俺の姿に仲間達は馬鹿笑いを上げている。  痛ってえ。ていうよりも地面が近え。アスファルト地面が自身顔面の真横にあり、身体はうつ伏せの状態で、手の甲は擦り剥け少しだけ血が滲んでいた。 「俊太だっせえ、コマ送りでもう一度再現してみてよ」  一個上の先輩にそう言われ、逆送り再生をこの場で披露しようにも、万物の法則に逆らう重力云々の関係がこの場合複雑に絡まり合い、事実として俺はアスファルト地面にこうして倒れているのだから、そんな芸当到底不可能なのであって。 「先輩すんません、今買ってきますんで」  俺は身体を起き上がらせると近くのコンビニまでダッシュする。  コーラ二本とデカビタ一本、缶コーヒー二本、適当にチョコレート菓子やスナック菓子。  レジで店員さんが眠そうな顔をしている。俺は心の中でお疲れ様ですとだけ言って、品物会計を済ませ商品を受け取りコンビニをあとにした。  今夜は満月だった。満月。ただそれだけ。  駅前広場で先輩にお目当ての品とお釣りを手渡す。  コーラ一本を先輩は俺にくれた。その為の二本だったわけか。 「涼太遅くね、いつも遅刻なんかしないよね」 「俊太何か知らないの?」  首を横に二回振る俺。兄貴が遅れている理由なんて俺は知らない。 「お前来年で高二だろ、俺ら高三だからさ、その次の年になると卒業しちゃうのよね」  高校一年生として存在する現在の俺に、一個上の先輩達は一個上の先輩達として存在する。その先輩達の仲間である涼太が俺の兄貴なのであって。一個上の兄貴は一個上の兄貴として俺の兄貴として存在している。  駅前広場で座ってだべって飲んで食って。マナーのいい俺達は決して飲酒という名の未成年ダメ絶対な行為は決して行わない。  清涼飲料水や缶コーヒー、スナック菓子にチョコ菓子、それらを摘んで明け方まで様々な議題について討論し合うのが俺らのモットーだ。 「涼太もそのうち来るだろ」  この場には計五人のメンバーが集まっていた。のちに兄貴も加われば計六人。このメンバーで討論を行なっていく。 「それじゃ始めるとするかあ。ずばり今回の議題はな、兄弟姉妹についてだ」  その議題に当てはまる者は挙手してと先輩に言われ、その場の皆全員が手を上げた。 「皆んな一人っ子じゃないよな、この場合それでいいんだ。それぞれの視点で話してもらって構わない。屈託のない意見がこの場では必要だ」 「でもさ、兄弟姉妹についてって言われてもピンと来るモノが何もないよ」  女の先輩がこの場を取り仕切る先輩に疑問を投げかけた。 「別になんでもいいんだよ。兄弟のここが嫌だとか、ここが便利だとか、もしくはもっと深く考えてもいい。歳の違う遺伝子上では似通った生き物。先に生まれたモノが兄や姉になる。姿形は一致せずともどこか似ている部分は存在する。同じような性格の兄弟姉妹もいれば正反対な場合だってある。つまりはこの議題にとっての一番重要な点とは、ソレが他人であるかどうかを議論するということでもある」  この場を仕切る先輩が指を一本立てこう言った。 「肉親と書いて肉と親と書く。血の繋がりを日々感じることは希薄だとは思う、だからこそ今この議題が必要なんだよね」  もう一人の強面の男の先輩が挙手し発言をし始める。 「昔、 IWGPっていうドラマが放映されてたじゃないですか。池袋ウエストゲートパーク。略してIWGP。その中でドーベルマン山井っていうカッコいいキャラクターがいたんですよ。だから俺、ドーベルマン山井みたいな兄貴が欲しかったなっていうか。ただ単純にカッコいいしさ、男の色気あるし、強そうだし。俺には二つ違いの弟しかいないからそんな兄貴が欲しかったな」  その場の皆が唖然とした表情になる。この場を取り仕切る先輩が拍手を送った。 「うん、カッコいいお兄ちゃん欲しいもんね。俺も思うよドーベルマン山井カッコいいって。マコトやタカシ(キング)よりもカッコいいよね」  照れ臭そうな表情をする先ほど発言した強面の先輩。  帰宅ラッシュのサラリーマン達が俺らのことジロジロと見やる。別に関係ないもんね。を決め込む俺ら。  二人いるうちの一人の女の先輩が挙手をする。 「私の場合は二つ違いのお姉ちゃんがいるんだけどさ、色々と便利だなって思うことは多いよ。着なくなった服とか貰えるし、歳もあんまり離れてないせいか友達みたいな感覚でさ。相談に乗ってもらうことも結構ある。姉がいて嫌だなって思ったことはあまりないかな」  女の先輩はコーラを一口のんで再び話しだす。 「これがもし弟や兄の兄弟だったら考え方は少し変わってたかも。異性の兄弟なんか想像してみたこともないし、色々と不便なことが出てきそう」  もう一人の女の先輩が挙手し話しだす。 「うちは五歳違いの弟が一人いるんだけどさ、ただのムカつく対象でしかないんだよね。可愛くもなんともない。ただただムカつく存在。両親もさ弟ばっかり甘えさせて、私にはお姉ちゃんなんだから我慢しなさいばっかり。五歳違いだから弟今中学一年生なんだけどさ、思春期真っ只中じゃない、何考えているのかさっぱり分からないんだよね」  街灯に群がる蛾の大群に俺は今冬の時期でないことを知る。  再び先に発言した女の先輩が話だす。 「私に弟や妹はいないけど年下って可愛いものだなって私は思っちゃうけどな。何かペットみたいな」 「う〜ん間違ってはいないんだけど、アホな犬って感じなんだよね私の弟の場合。忠犬でないことは確か」  背の高い男の先輩がその話に割り込む。 「うちは三つ違いの姉ちゃんいるけどさ、もう俺は姉ちゃんの奴隷みてえなもんなのよ。姉貴の言うことに反論は許されねえの。女兄弟だから殴るわけにもいかねえしさ、口答えすると親に陰口叩くしよ、本当に良いもんじゃねえよ姉貴なんて」  タクシー乗り場から若い女とおじさんが車内へと一緒に乗車する光景。それを眺め続けている俺。  この場を取り仕切る先輩が静かに口を開く。 「俺の場合はさ、十五歳違いの妹がいるんだ。俺が中三の時に母親が産んだ子。妹二歳なんだけどさ、生まれてまだ二年しか経ってないんだなあって思うと俺の今まで過ごしてきた二年って何だったんだろうなって。生まれてまだ二年だぜ。それなのに言葉も話すし立って動き回るんだ。俺のことを名前で呼ぶんだよ、それがまた純真無垢で可愛いんだ。街を一緒に歩いてると親と子に間違われたりするんだぜ、マジうけるよな」  そう話す先輩は笑顔を見せると笑窪ができる。 「それにしても涼太遅いなあ、俊太電話掛けてみてよ」  俺はポケットからスマホを取り出す。画面を見るとバッテリーが1%ギリギリだった。動画を観すぎたまま充電するのを忘れていた。  俺は兄貴へと電話をかけ始めた。  一向に電話に出る気配はなく、呼び出しベル音のみが俺の鼓膜を断続的に振動させる。と、スマホの電源は落ちた。充電切れ。 「兄貴電話に出ません」  皆の顔色が一斉に曇りだす。何かあったのでは。皆が皆似通った考えを今この場で持ち。明け方までこの場に現れることのない兄貴は、俺らの考えなど知らぬ存ぜぬを決め込むことになる。 「俊太はどう思ってるんだよ、兄貴である涼太のこと」  自身の発言の番が回ってきたことに妙に頭を悩ませる俺。  兄貴のことを日頃どう思っているかなんて考えたこともなかった。物心ついた頃には一歳違いの兄の存在は身近にあり、主従関係でいえば上に兄貴が存在し、下に俺がいつも存在していた。嫌気が差したことなども特になく、兄貴は兄貴としていつの日も存在しており、これから先も俺の兄貴として存在していくのだろうとただただ思うのである。 「特にこれといってないですね。兄貴は俺の兄貴ですから」  困った表情を見せる先輩。 「おいおい、それじゃあ議論にならないだろ。何かないのかよ、涼太に思っている愚痴や不満でもいいんだぞ、今涼太はこの場にいないわけだし、そこら辺は皆んな秘密にするからさ」 「愚痴はこれといってないですね。優しい時もあれば怖い時もある、でも日々気にかけてくれているなとは感じます。やっぱり俺にとって兄貴は兄貴なんですよ」  一年先に生まれた人間。同じ母親の子宮で育ち同じ産道を通り抜けこの世に生まれ落ちた。血を分けた兄弟という言葉が存在するが、まさにその通りで事実として血を分けている存在なのだ。  駅前広場内。夜が更けていく。  俺達は夜に活動する生き物。今日は華の金曜日。この場は夜更かしし放題の子供の楽園へと姿を変える。  月曜になればまた学校が始まる。  今は月曜ではない。金曜の夜だ。華金だ。  俺は再び頭上を見上げる。  満月っすね。ありゃ満月ですよ。  丸いですね。  ただただ丸いですね。ありゃただの丸ですね。
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