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 この場を取り仕切る先輩が缶コーヒーを飲み干したようだった。気が利くことで有名な俺は先輩にお伺いを立てる。 「先輩、コーヒー買ってきましょうか?」 「あ、ああ、悪いな、じゃあお願いしようかな」 「私も飲み物飲み切っちゃったあ俊太コーラ買ってきて」 「この際全員分の飲み物買ってくればいいんじゃない、俊太千円で足りるよね」  女の先輩から千円札を手渡される俺。  背の高い男の先輩が茶化すように俺にこんなことを言ってきた。 「警察に補導されるなよ、俊太その時は逃げきれ」  もう一人の強面の先輩が指で輪っかを作りOKサインを不意に出す。意味が分からない。  俺は先ほどと同様に歩道と車道間のガードレールを勢いよくまたごうとした。  結果としては足を引っ掛け盛大に地面に転げ落ち、先ほど擦りむいた手の甲へと容赦のない痛みが襲う。途端に苦い顔をする俺。  先輩達はまたゲラゲラと笑っていた。  俺は身体を立て直しコンビニまでダッシュする。飲み物コーナーでコーラ数本と缶コーヒー数本を脇に抱えていく。  スマホの充電が切れている俺は、コンビニ内の時計を確認した。夜中の0時を回っていた。  いらっしゃいませとありがとうございましたを繰り返す店員さんに品物をバーコードで読み取ってもらい、合計金額を千円札で支払い俺はお釣りを受け取る。 店員さんにお馴染みのセリフを言われ俺はコンビニをあとにした。  コンビニ前の路上に一台のパトカー。俺は咄嗟に目線を下げた。警察は何も言ってこなかった。  駅前広場までダッシュする途中。頭上を見上げると黄色に輝く満月がこちらの方を向いていた。俺は特に何も感じなかった。 「俊太戻ってくるの早えなあ、そんなに急がなくてもいいのに」 「生粋の子分肌だよね俊太って。社会に出ても上手くやっていくタイプ」  女の先輩にそう言われ少し照れ臭そうな顔をする俺。 「ねえ、それよりさマジで涼太遅すぎない? 電話にも出ないんでしょ、何かあったのかな」  俺はポケットの中の充電切れスマホをズボン越しに触る。すでにスマホは事切れていた。  動画サービスの拡充でエンタメ業界の勢力図はガラリと姿を変えた。暇さえあれば皆がスマホで動画を楽しむ。楽しんだ分だけバッテリーは減っていき、充電等の処置を施さなければソレはただの縦長の無通信デバイスに成り下がる。  この場を取り仕切る先輩が冷静な口調でこう言う。 「心配することはないさ、そのうちひょっこり顔出すよ」  俺は先輩にお釣りを手渡す。皆が俺の買ってきたコーラや缶コーヒーを美味しそうに飲んでいる。それだけで俺は何だか嬉しい気持ちになる。 「議論を再開しようか。今回の議題は兄弟姉妹についてだが、この場に誰一人として一人っ子の者はいない。そこでだ、皆がもし一人っ子だった場合についての妄想をここで披露してもらいたい」  すかさず手を上げたのは強面の先輩だった。 「俺の場合はさ母子家庭だからさ、母親一人子一人って何だか寂しい気もするな。二つ違いの弟もムカつく時はたまにあるけど、素直でいい奴なんだよ。だから俺は一人っ子はできれば嫌だな」 「私は一人っ子大賛成。親からチヤホヤされるのは私だけだし、色々な贅沢ができそう。兄弟や姉妹ってさ、同じ血を分けてはいるけど他人には変わりないわけじゃん。だからさ同じ屋根の下にその他人と共同生活が何年も続くわけ。こちらがこう言えばあちらはこう言い返す。身体を構成する螺旋状のゲノム遺伝子はまるっきり同じ遺伝子情報というわけでもない、似通った遺伝子情報が互いに存在しているだけ。これってさ、両親の次に遠い位置に存在するモノなの。赤の他人ってわけでもなく双子のように遺伝子配列上の似通りもこの場合存在はしない。私からしてみれば微妙な存在なんだよね兄弟姉妹って」  午前0時をまたいだ午前一時。駅前広場の大きな時計が俺らにそう告げている。  閑散とした駅前広場。タクシー乗り場で若い女とおじさんが車内に乗車していく。俺は些細な既視感をこの時感じていた。  背の高い先輩が挙手をして発言する。 「一人っ子ってさ、社会に出てからの立ち振る舞いが下手な気がするんだよね。まあ俺はまだ社会に出てないけどさ。家族って一つの小さな社会なわけじゃん、その社会の中には気に食わない奴もいて当然、目上の存在がいたり目下の存在がいたり、その訓練が兄弟姉妹がいるとできると思うわけ。さっきも言ったけど俺の家には三つ違いの姉ちゃんがいて俺を奴隷のように扱うわけ、でもさ考えようによっては女性の扱いもそこで訓練されていると思うんだ。社会に出て異性と接する時に初めて姉ちゃんのありがたみが分かる気がするんだよ」  頷く姿を見せるこの場を取り仕切る先輩。他の先輩達もその発言に感心したようでこの意見に反論する者は皆無だった。 「私もそう言われると素直にそうだなって思っちゃうな。ムカつく弟はいるけどソレとの日々の関わり合いが社会に出る訓練と考えれば妙に納得がいく気がする」 「そうだよね、私も思った。私からしたら二つ違いのお姉ちゃんだけど、お姉ちゃんからしたら私の存在は二つ違いの妹。互いに社会に出る為の訓練を日々行なっていると考えれば一人っ子ほど可哀想なモノはないと思うな。だって訓練もなしに社会に放り出されるわけだから」  場を取り仕切る先輩が俺のことを見やる。 「俊太はどう思う。この意見について」  意見も何も俺は黙って話しを聞いているだけだったから。言葉に詰まった俺は咄嗟にこんなことを話し始めた。 「自分は人からよく要領がいいと言われます。それはきっと兄貴のおかげで兄貴の存在があったからこそ今の俺という人間が出来上がったんだと思います。兄貴には感謝してますよ。言葉で面と向かってありがとうだなんて照れ臭いけど、今この場に兄貴はいないわけだから。ありがとうって兄貴に伝えたいです」  俺はそう言ってコーラをがぶ飲みした。途端に胸が苦しくなり、皆がそれを見て笑っていた。 「兄弟姉妹にありがとうだなんて面と向かって言うのは照れが生じるよなやっぱり。この議題の奥底く根幹部分。ソレがまさにコレなのかもなあ」  場を取り仕切る先輩はそう言って頭上を見上げた。 「今夜は満月かあ、皆んなも見てみろよ、あんなに輝いてる」  俺は頭上を見上げた。そこには確かに満月が存在した。俺は思った。満月は丸いねって。
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