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襲う側の気持ちになる
毎回大変な目に遭うので、柔道部の友人に“一撃必殺の禁止技を伝授してほしい”と、嘆願するほどにまで追い詰められていた。
元々、私自身筋肉質だし、腹筋もガッツリ割れている。貧弱なのは胸囲だけで、体力テストの数値も大抵の男子より上回っていた。
しかしどんなに鍛えても弟には勝てない。奴は規格外の化け物だった。
そんな化け物に転がされ、ねじ伏せられ、舌を絡まされるという拷問に、精神が削られていく。
そもそもなぜそんな事をしたがるのだろう? 活発なナマコが口腔内でブリッジしているような感触のキス。別の意味で正気を失う。
何度『気色悪い!』と叫んでも、弟は面白がるように笑っているだけ。ヤンデレビンゴ大会があれば複数リーチになる性格だ。
弟も同じ苦しみを味わえばいいのに。望まぬ相手から強要される恐怖を、抵抗しても自分が無力だと思い知らされる立場になってみれば分かるはずだ。
ーーいっその事、私が襲う側の立場になってやろうか。
玄関を開ける前に、顔を筆ペンで塗りたくる。某ザンギエフのようなアゴヒゲを生み出し、隈取を追加。目には目を。ゴリラには更なるゴリラを。
イケメンマッチョを好むゴリマッチョを心に召喚し、戦場へと歩を進めた。
ドアを開けた瞬間、弟に向かって猛ダッシュ。
キッチンでお茶を注ぐゴリラの周りをぐるぐる走り、
『美味しそうな筋肉ッむしゃぶりつきたいッ!』と叫ぶ私。
今まで弟の筋肉を美味しそうだと思った事は一度たりともないが、己の中のザンギエフ(仮)が勝手に喋りだす。
『……あらぁ、相変わらず元気いっぱいのお嬢さんね』
突如として予想だにしない声が奥から発せられた。恐る恐る振り返ると、和室スペースに鬼の形相の母とご近所のマダム。ヤダ、今日に限ってお早いお帰りですね。私はこれにて失礼します。
おばさんが帰った後、母に強く叱られた。
私の奇行に弟は無反応のまま、ザンギエフ(仮)モードは不発に終わった。
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