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最悪な夜
ろくに家にいない母だったが、遠方の勤務地に配属されてしまい、とうとう二人暮しになってしまった。
『家の事、お願いね』と弟に頼む母。
『家の中、壊さないでね』と私には忠告する母。
ペットボトルにドライアイスを入れて爆発させる遊びに夢中だった頃の失敗を、未だに心配しているらしい。あと、浴槽をスライム地獄にした事もネチネチ責められた。
○
母がいなくなると、弟の方が少し寂しそうだった。
合宿だの遠征だの、仲間とはしゃぎまくれる環境の私と違い、弟は広い家でたった一人で過ごす事になる。友人や恋人が来る気配もない。
二人暮しになってから、弟の干渉が酷くなった。
少しでも帰りが遅くなると、何度も連絡が来た。返事を返さないと、断りなく近くまで迎えに来る。
男子部員と接骨院の帰りにコンビニで買い食いをしていたところ、弟に遭遇。カタギじゃない目で部員を威圧。部員、撤退。残された私は静かにキレた様子の弟と無言で帰宅。
『何キレてんの? 私が誰とどこにいようが、アンタにキレられる筋合いないんだけど』
と言い終わる前に、弟の『あ"?』の一言で尻すぼみになる声。
「遅くなるなら連絡しろって何回も言ったよな? ガキじゃねぇなら電話ぐらい出来るだろうが」
ものすごい剣幕の巻舌に『以後気をつけます』と答えたが、正直うんざりしていた。
他の子は門限もないし、もっと自由だ。親ならまだしも、弟なんかに指図されたくない。
そんなある日、他校の男子の先輩から『遊ぼう』と誘われた。密かに憧れている男子も参加すると聞き、弟と日用品を買い足す約束をしていたが『“女子の先輩”から誘われた』と言って断った。
上下関係の大変さを知っている弟は『終わったら合流しよう』と譲歩したけど、『行けたら連絡する』と曖昧に答え、連絡しないまま遊びに興じた結果、地獄を味わった。
どうやら私はタイミングの神に見放されたらしい。
女子と偽り憧れの男子と二人で居た場面を、反対側の電車から目撃されてしまった事。
かなり前に仕掛けたモラルに反するイタズラを、弟が気付いてしまった事。
逆鱗に触れる行為が二つ重なった事で、何かがブツリと切れたようだ。
帰宅した時にはもう目が据わっていた。
”ただいま“と声を掛けても反応せず、黙ったまま悪質なイタズラの証拠画像を見せつけてきた。
血の気が引き、慌てて謝ったものの弟は醒めた目で私を見下ろし、口元だけが歪な笑みを浮かべている。
「どうせ形だけの謝罪だろ? アンタには何も期待しない」
怒気を含ませた声ではなく、むしろ幼児に話し掛けるような落ち着いたトーンだった。
『ごめんなさい』ともう一度頭を下げようとする私に、『別に謝らなくていいよ。俺も謝るつもりないから』と笑って、床に引き倒した。
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